俺は10月で入社30年になる。まさか、世間では下等と見做されているらしい車売りの仕事に30年も従事するとは夢想だにしなかった。俺を大学まで行かせてくれた天国の親父に、こんな仕事で人生を棒に振ってすいませんと、懺悔したい気持ちだ。
今は、まぁこれも運命かなと、諦め気分になっている俺が居る。障害者の天の邪鬼的思考から抜け出せず55歳を迎えてしまった。できたことといったら書いて書いて書き捲ったことだけか。
このK会社は満55歳の誕生日より20%減給になる。
――55歳定年延長して、この厳しい時勢の中、雇用してやっとるんじゃ。有り難く思えってでもいうことか。
先輩に聞いたら間違いなく月10万は減給されるとのこと。果たして家計を維持できるか相当不安だ。一度慣れてしまった生活レベルを落とすのは難しい。特に携帯電話やネット代の通信費だ。
今年の盆休は8月11日から15日までの五連休だ。いつも通りの日数だ。俺ら家族は性懲りもなく旅行に行く。三重県名張市にあるホテルルートインに12日13日と予約した。
MB自動車健康保険組合の京都・賀茂川荘が使えなくなって、じゃらんネットで探した朝夕二食付きの宿に泊まっていたが、去年から止めた。金が勿体ないし馬鹿らしい。何でって朝飯付きのビジネスホテルだったら、家族三人二泊三日で3万円以内で納まる。晩飯はそのときどきの気分で非日常の夜の街を散策しながら食う。その方が旅情があって良い。
今年、EKワゴンがフルモデルチェンジした。やっとMBもスズキ・ダイハツの最新式の軽に肩を並べた。俺はこの30年間で新型が出て直ぐ買ったのはPミニだけだ。打算ではなく純粋に買いたくて買った。だが新型EKワゴンは仕事のために買った。
この車でお客を訪問すれば商談になる可能性がある。俺も定年まであと5年、車が売れるならまだ旧型EKにローンが残っていても背に腹は代えられない。
このEK、MB車とは思えないほど良くできている。今回の旅行、家族で話してデリカじゃなく新車のEKで行くことにした。車の中で寝れないというハンデはあるものの、故障の不安がないし、燃費はデリカより格段に良い筈だ。今の時代、ガソリンの一滴は血の一滴に匹敵する。
通常、盆は親父の墓参りと病気のお袋の見舞いに帰郷するんだろうが、現今の俺にはその予定がない。声を聞いただけでムカつく弟二人が生きている限り佐世保には近付かない。まぁ長男である俺の方が早く鬼籍に入るだろうが。
俺は姪の結婚式に次男から除け者にされた上に、売っていた車二台を下取りにスズキを買われ、ついでに保険も解約された。もう次男に何の弱みもない。親父が貯めた千数百万円はあの馬鹿が勝手に管理して仕切っている。俺が親父に売った1年物の新車トッポは三男が持って帰って乗りっぱなしだ。
俺も足が遠退き気味の佐世保に嫌々帰った上に、好んで喧嘩するなど望まない。あいつらの顔を見たらもう抑え切れない。今まで貯まった鬱憤、一気に吐き出していまいそうだから。
嫁が、「ねぇ11日はどうするん?」としつこく聞いてくる。家でのんびりパソコンやりたかった俺はその度誤魔化していたが、とうとう押し切られて別府弁天池に行くことになった。
この炎暑、真夏の弁天池、あの清涼感は味わう価値はある。息子もこの酷暑の中、頑張って仕事している。そう初中一緒に行けるものではないし。
ここ数日雨もなく快晴だし、オートエアコンも快適。これに慣れたらもうデリカには乗れない。99・9%UVカットガラス、これの効果も絶大なものがある。乗り初めは20度に設定していても、暫く経ったら車内が冷え過ぎて25度まで上げざるを得なくなる。勿論、燃費に好影響する。
池端の食堂でカキ氷を食って数枚写真を撮った。旅行の度にブログを書く。これが結構骨が折れる作業だ。でも書かずにはいられない。年数が経てば経つほど必ず価値を持ってくる筈だから。
「久しぶりに秋芳洞に入ってみるか?」
俺ら家族がここを訪れるのはほとんど平日だった。最後に来たとき、その人出の少なさに観光地としての存続を心配したものだが、この盆はどうだろうと興味深い。
数店無くなっていた。この参道を歩く度、思い出が去来する。死んだ親父とも病気で恍惚になったお袋とも本家の叔父貴夫婦とも歩いた。小さい息子を連れて買ったばかりのPミニに乗ってもやってきた。洞窟前の料金所までやって来ると、凡そ真夏とは思えないほど涼しい。なら、中に入ったらいかほどか想像がつく。
左横には秋芳洞から流れ出す川。昔良く地底湖の特集をテレビで見た。この川もある意味、秋芳洞という地底湖から流れ出すから水温が低いのだろう。必然的に周囲の気温を下げる。
向こう岸の公衆トイレに続く橋の上で一服。
「ここは心が洗われるよね」と嫁が顔に似合わなうことを口にする。
「ねぇ洞窟の中、入るん?」
「やっぱり高ぇわ。涼んだけん止めとこ。秋芳台の遊園地に行こうや」
別府弁天池から息子が運転している。駐車場を出てすぐのなだらかな坂に差し掛かる。
「父ちゃんスピードが出らん」
スピード計の針は20キロから全く上がろうとしない。
「まさかこれくらいの坂でそげなことはなかろうや」
後続の車が迷惑そうに間を詰める。ハザードを出させて路肩に避けた。
運転を代わって、「嘘やろう!まさか新車で壊れたんか?」
「見てん、父ちゃんが運転してもスピード出らんやろ」
止まりはしないが、全く回転が上がる素振りさえない。ATレバーをLにしても効果なし。俺はハザードをつけたままやっと上り切った坂をまた下りて、今度は反動をつけて上がったが、症状は同じだった。
堪らず、新型EKに乗る会社の者に電話した。
「僕の車も上りませんよ。そんなときはエアコンを切ったりDSモードにしてます」とのこと。長年セールスマンやっていてCVTをマイカーにしたのは初めてだった。慌ててしまって恥ずかしいことこの上ない。
別府弁天池↓
弁天池後方の林に飲食店ができていた↓
2019年4月21日修正





