今年の盆休みは精神的に楽になった。あのボンクラ店長の面を見なくてもよくなったから。思いかえすたびゲロが出る。常識的な漢字さえ読めない上司なんて考えられない。車売る以前の問題だ。こんな奴の下に一応大学出た者が付ける訳がない。ただ、返す返すも俺を支店に帰してくれた支店長には感謝だ。今年、俺が10年居た思い出深いYHT東店はスズキに変わる。30年もMBに染まった俺がスズキの看板の下では働けない。
今年の盆休みは例年と変わらず12日から16日までの5連休だ。いつもながら、17年選手のデリカ君は世話が焼ける。上田自動車に、GWに気付いたマフラー経年劣化破損修理と一緒にスタビライザーブッシュ交換・下廻り塗装もやって貰ったら8万円かかった。休みの日、嫁にEKを運転させて家まで持って帰っていて、横代の辺りでアクセルを踏んだらプシュップシュッという異音がしだした。とうとうウエストゲートバルブがイカれてしまった。まさに、南無阿弥陀仏状態。後ろから嫁が付いて来ていたが、都市高速横代インターを左折して10号線に出、城野四つ角を左折して北方の上田自動車に舞い戻った。
「社長、加速したらプシュッって音がしだしたんですが…」
「あっ、そういえば持って帰るときもしよった」
「このまま乗り続けたら拙いですか?」
「一応ターボは掛かるやろうけどいつかは壊れて効かんごとなるやろ」
餅は餅屋だ。俺は会社の整備に電話した。古川が出た。
「そりゃタービンアッシーで換えんといかんばい。ウエストゲートバルブだけ取れんことはないばって固着して外れんよ」
「うげっタービンアッシー幾ら掛かるん?」
「20万!」
「そげん掛けて修理するもん居るん?」
「近頃はもうスペースギヤも少なくなったばって結構修理したばい」
電話を切った俺は社長に話しを振った。
「デリカならリンク品があるよ。聞いてみてやるよ」
何とか10万円以下で修理できそうだ。新車買うより安い。それにMB車を売っている俺が言ってはまずいが、D5を買うことを考えたらスペースギヤのほうが数段マシだ。俺は気を取り直す。
「あぁここで食うか」とは応えたものの開くのは8時だろう、時間が勿体ないので暫く走ることにした。
8時過ぎに通り掛かったSAで朝飯を食ってまた走り出す。小雨がぱらつく。俺の夏の印象は、梅雨が開けたら太平洋高気圧に日本列島全土が覆われ、雨が降らず夏空が広がるというものだ。夕立は仕方ないとしても。ところがこのところ雨ばかりだ。去年の盆の15日も雨の中、精霊流しを見送った。
「西宮名塩に来たら関西に来たって気になるよ。人気があるけんいつも車で一杯やん」
昼飯時だ。朝飯を食ったので改まって昼飯としては食いたくない。たこ焼きがあった。若い兄ちゃんが焼いている。さすがに手付きが良い。
「昼御飯はたこ焼きにしようよ」と嫁。
元より俺に異存はない。体重調整には都合が良い。2パック買った。本場大阪たこ焼き、思ったほど感動がない。作りたてのたこ焼きが熱くて食いにくいのは全国共通だが、ふにゃふにゃで歯応えがない。これなら小倉のつぼタコのほうがよっぽど美味い。
ネット予約ではチェックインを16時にしていたが、15時でも可能のようだ。今、西宮名塩を出ればナビの到着時間は14時。ホテルに早く着いたら辺りを散策してみるか。
ホテル横の公園は小立が多い。木陰で暫く寛ぎたかったが、嫁が俺を急かす。
「こんなとこに居たくない。GWに入ったコンビニに行って夜のつまみとか買おうよ」
部屋は七階の710号室、エレベーターを降りて廊下に出、左右を探したが710号室が飛んでいる。
「何しよると?分からんの」と嫁。
「710号室がねぇんじゃ」
――待てよ、エレベーターの前に部屋があったな。
あった。
部屋に入るや、「私こんな部屋好かん。暗い!窓が無い!」
確かに。一応小さな窓が二つあったが、嵌め殺しで開かない。小さな方の窓から下を見たら墓地だ。GWに泊まった部屋は最上階で大きな窓があって堺の街が見渡せ明るかった。嫁の言うのも一理あるが、そこは我慢して貰いたいものだ。あのときは家族三人でセミダブルベッド二つだった。息子は一人で寝れるが、セミダブルに二人で寝らねばならない俺の身にもなって欲しい。だから予約する折、ファミリープランを選択してダブルベッドとソファーベッドにした。
「14・15はどうすると?」
「まだ分からん」
「猪町には行かんと?」
「何べん同じこと言わせるんじゃ。行かんって言よろうが。誰も居らん実家に戻ったっちゃどうしようもねぇ。もう俺はよっぽどのことがねぇ限り鳥巣から西にゃ行かんのじゃ」
「高松(嫁の実家)は14日には福岡の墓参りから帰って来とるってよ」
「俺が高松に行きとうなかっちゅうんは分かっとろうが。フミオの野郎、ほたりやがって(放っておいて)謝りもせん。14日にゃ小倉に帰るっちゃ」
「それなら、小倉に帰ってから新幹線で行くよ。ちゃん(息子)も行くやろ?」
「俺は17日から学校なんじゃ」
「私は行くよ。親やけん行かんって訳には行かんけんね」
俺はムラムラと怒りが込み上げてきた。嫁はダブルベッドで、俺はソファーベッドで、ちゃんは立ったままエキサイトする。
「ばってしょうがないやないね。高松が家に居るって言うんやけん」
嫁の性癖、何か気に入らないことがあると全く関係ないことを口論に持ち出して俺を煽る。ほとほと嫌気がさす。この場合、気に入らないこととはこの部屋だ。関西から帰って、また高松まで行かれたら無駄遣いも甚だしい。帰り、嫁と息子を高松で降ろそうかとも考えたが、車が嫁の名義なので乗ってなかったら高速の半額料金が効かない。
このまま言い合っても埒があかない。ちょうど晩飯時だ。家族で食堂に下りた。難聴の嫁に聞こえたかどうか、息子に、「しゃぁねぇ高松行くわ。一泊で帰るぞ」
「父ちゃん行くん?」
「クソクリ(嫁のこと)に小倉に帰って高松行かれたら金がなんぼあっても足らんわ」
2019年3月25日・2024年5月13日修正