今年の俺のGWは5月1日から7日までの7連休だ。盆・正月・GWの連休は飛び上がりたいほど嬉しいのだが、連休が終わっての出勤を思うと手放しでは喜べず、憂鬱だ。特にここ2年、店長・松田の下で働くに至ってはその傾向が顕著だった。しかし、この4月俺は支店に転勤になった。販売の重圧は変わらないものの心は穏やかだ。例え二つ年下の上司、松下に仕えたとしても、高卒の無能と比べて俺は頭が切れるから。

 3月下旬、俺は旅行資金に頭を痛める。会社の車友会から借りようにも前回借りた支払いが5月まである。◯岡銀行のカードローンは残高が20万円を超えていてこれ以上借りるのは危険だ。残された最後の手段が息子の子供保険の解約だ。80数万円ある。来年5月が満期で、100万円にはなるが、息子の大学への進学はなくなった。
 今、俺の給料は危機的状況だ。貰って10日で無くなる。給料引きの整理も必要だった。1万円でも2万円でも給料引きを少なくせねば◯岡銀行のカードローン残高が増え過ぎて危なくてしようがない。

 俺は思い切って子供保険を解約した。来年、息子、運が良ければ就職だ。もう家族3人で旅行できるのも今年が最後だろう。今までは1泊だったが、3日に一泊、5日に一泊することにした。一泊だったら翌日時間が余って結局帰途につくことになる。二泊だったら、二泊目までは意地でも留まる必要がある。好都合だ。

 宿の検索はいつものようにじゃらんネットで。一泊目は去年の夏泊まった奈良の二鶴にした。おかみさんの対応が良かったのでもう一度泊まりたくなった。さて問題は二泊目だ。和歌山・滋賀・京都、色々考えたが、渋滞を鑑みて、あまり移動距離を長くしたくなかった俺は大坂に的を絞る。堺に、一泊朝食付きで一人2800円というホテルが。ただ4日に泊まりたかったが満室だった。もし感じが良かったら関西での常宿にしたい。

 解約した金でもう一つ為すべきことがある。17年物のデリカ・スペースギヤの整備だ。この年数、家族の幸せのために10万キロも走ってくれて、17年間も雨ざらしで停めていたら傷みも激しい。幾ら金を掛けたとしても新車を買うより断然安いし、何よりこの車に代わる新車は今はない。将来も無いだろう。さぁデリカ君いつまでもってくれるのだろうか。
 出したのは上田自動車。修理箇所は錆びてギザギザになったエアコンプーリー、クランクプーリー、引き摺り気味のフロントブレーキキャリパー、ブレーキパット交換、ラジエーター補助タンク、エアコンガス補充。しめて8万円なり。これだけやってもまだ不安は拭えない。無事に1500キロ走りきってくれることを願うだけだ。

 連休初日の5月1日、嫁といつもの門司の長浜とんぺいでラーメンを食って帰ったあと、俺はデリカ君の磨き、室内清掃に取り掛かる。マットを出して洗剤で洗う。車用の掃除機で室内を掃除。台所洗剤を薄めてボディーを洗車。屋根は脚立を使って洗ってやった。車はどんなに古くなっても新車のときと変わらずピカピカに磨いてやる。そうしてやることでいつまでも車は期待に応えてくれると俺は信じる。

 連休2日目、朝一、藤井歯科で歯の治療を終えた。連休が終わってからも治療に来てくれとのこと。はて、まだ治療すべき個所が残っているのか。
 昼飯は、夫婦二人、関門橋下の若松屋でおでん定食を食った。最後の仕上げにオートバックスでオイルを交換した帰り、燃料を満タンにしておこうと行きつけのスタンドに寄ってびっくり。燃料キャップが無い。すわっ、またしてもと瞬間青くなってしまう。さて、最後に燃料を入れたのは正月だったか?セルフだったか?スタンドの店員だったか?覚えていない。今さら記憶を辿ったところでどうしようもない。無いものは無いのだから。応急的に合うキャップは無いものかと、急遽家に戻ってランサーのキャップを使ってみたら見事締まった。ほっとする。

 息子が帰って来て、晩飯はほっともっとの弁当を家で食い、いざ、奈良大和高田市の二鶴に向けて出発だ。この旅行中、車の中で二泊は覚悟せねばならない。デリカの後部座席をフラットにしてマットレスを敷き、毛布二枚と掛け布団一枚を積み込む。嫁は毛布だけでいいんじゃないのと言ったが、平成3年のG・W、香川4WDフェスティバル会場に真夜中に着いて寒さに震えたことを想起して、掛け布団も用意した。

 今日の俺は情けなくも山口県に入ってすぐダウン。嫁に運転を代わって貰って後ろで寝る。車がSAに滑り込むのに気付いて目が覚めた。
「ここはどこや?」
「宮島ばい」と息子。
「ここで寝る。それともまだ先まで行く?」と嫁。
「そげん急がんでよかろう。ゆっくり寝て夜が明けたらすぐ出ようや」と俺。
 今晩は5月にしては冷え込まず毛布も布団も必要なかった。夜が明けて6時には宮島を出たのだが、この時期結露が凄い。フロントガラスにべっとり付いて、拭いたタオルもびしょびしょだ。

 ナビがとったルートは去年の盆と同じだ。中国道から山陽道、近畿道、西名阪道と走って香芝インターで高速を下りる。昼飯を香芝SAで食おうと入ってみたのだが、混雑が激しかったので車から降りずそのまま抜けた。
 実はこの連休、俺は体重に悩んでいた。体重計の叩き出す数字は恐怖の66キロ、通常より2キロ重い。一日絶食すれば戻る数字なれども、家族の手前食わない訳にはいかないし、食わなければ薬を飲めない。

 二鶴に行く途中のコンビニに入る。
「昼飯はここで食おうや」
 体重の増加が気になった俺はサラダ巻きで我慢だ。と言っても空腹で堪らない訳ではない。食わなくてもそう苦しくない体質になっている。四年もこんな生活を続けていれば身体も順応すると言うものだ。
 俺は二鶴に電話してチェックインの時間を確かめた。やっぱり15時だ。このまま2時間ここで潰そうと思ったが、嫁からクレームが出る。
「退屈よ。どこか行けるとこないの?」
「確かに中途半端な時間じゃ」とナビで検索したが、目立った観光名所は大和高田市には無い。
「そんならまた橿原神宮の池にでも行ってみるか」
 嫁は二つ返事で、「行こう行こう。亀どうしてるか見てみたい」

 大和高田市から橿原神宮までは直ぐだ。新緑の畝傍山の山裾に沿って伸びる道路を抜けると鳥居が見える。ここ橿原神宮境内で毎年恒例なんだろう、GWのイベント、全国陶器市が開催されていた。出店を覗きながら深田池に至る。池の縁で子供たちが鯉に餌をやっている。
 嫁が、「ちゃん(息子)、亀居る?」
「鯉が邪魔やけどちゃんと泳ぎよる」
 去年来たときは真夏の暑さに人も疎らだったが、このGWはジョギングしている者、サイクリングしている者、観光客、余暇をもて余す老人と結構賑わっている。
 向かいの森からギャーギャーと煩い鳥の鳴き声がする。
 嫁が、「橋渡って向こうまで行ってみようよ」
 橋の出前の案内板に目を通すと、この深田池は万葉の昔に造られた歴史ある池らしい。所々間伐された林の高木のてっぺんに無数の鳥の巣、川鵜だと思うが。
 アマチュアカメラマンらしい人がファインダーを向けていた。水面付近を飛ぶ一匹の川鵜が林に向かった。間違いない、川鵜のコロニーだ。初めて見る光景だ。

 時計を見る。15時過ぎ、チェックインには手頃な時間だ。鳥居前の茶屋で抹茶ソフトを味わって二鶴に向かう。
 二鶴の駐車場は狭くスペースギヤではバックで入れないと帰るとき回頭できない。一度踏切に頭を突っ込んでから鋭角に下がらねばならない。九州の田舎の時間感覚で踏切に頭を入れた。まさか数分感覚で遮断機が降りるとは想定外だった。デリカのリヤバンパーが門柱に当たりそうで入る角度を何回か調整してもたついたか、警報器がけたたましく鳴り出した。
 まずい!まさか今鳴り出すとは。このまま下がるとリヤバンパーが門柱に当たる。左側の遮断機が無情にも下り始める。
 ガシャン…
 バーがフロントガラスの左ピラーを直撃した。右側のバーも下り始める。これだけは回避せねばと、俺はステアリングを右に目一杯切って車を踏切に平行にすることで逃れた。

 車を宿の玄関前にバックで入れ終えたあと、おかみさんが出て来た。俺はリヤバンパーを注視したが、傷は無いようだ。
 迎えに出て来たおかみさんに、「ここに入るときに遮断機のバーに当たってしまいました。ワックスありませんか?」
「すいません。私車に疎いもので」
「ご主人車を磨いたりしません?」
「ちょっと主人に聞いてみます」とおかみさんは家の中に入って行く。

 ピラーにはバーの黄色い塗料が頑固にこびりついていて手で擦ってもタオルで擦っても落ちない。何か溶剤を使わねば無理のようだった。
 出てきたおかみさんが、「これで落ちません」と何の変てつもない白いスポンジを差し出した。
「これじゃ無理です」と鼻も引っ掛けない俺に、「何かこのスポンジ凄いそうですよ」と然り気ない言葉。
 そう言われると手にとって試さざるを得ない。半信半疑で擦ってみると見事落ちた。
「ありがとうございました」とスポンジを返そうとする俺に、「よろしかったら差し上げます」

 おかみさん気を利かしてくれて今回も前回と同じ三階の二間ぶち抜きの部屋にしてくれた。
 嫁が、「この宿落ち着く。実家に帰ってきたみたい。奈良に来たら宿は絶対ここやね」
 嫁が入れてくれた茶を啜りながら眠くなってくる。去年の夏も着いた途端眠くなって一眠りしてしまった。それほど居心地の良い宿だ。

 夕食は19時、今日はもう一組宿泊者がいるようだ。献立は、見たところ、前回と全く一緒だ。ボイル蟹、マグロのトロ、吸い物に豚肉と野菜の鍋、多くもなく少なくもなく病気の俺にはちょうど良い量だ。直前に測った体重は66キロ、宿に着く前に非常に体重が気になった俺は、デリカの中で測ろうとしたのだが、下がカーペットのために正確な数字が出なかった。

 テレビのない我が家は宿に泊まると珍しげに見てしまう。改めて奈良は関西だ。料理番組をやっていて舞台は京都。B級グルメ対決だったが、なんと全国チェーン店の餃子の王将が名も知れない小さな店相手に大真面目に本気で戦って優勝を勝ち取った。関西を走れば王将の店舗の多さに舌を巻く。そして、昼時と夕方は必ず行列だ。俺も無性に王将の餃子が食いたくなった。

 翌朝、おかみさんに見送られて8時に出立した。嫁の希望もあり、初期の目的(羽曳野市に行って夏見逃した古墳を巡る)を反古にして観光名所の奈良公園に行くことにしたのだが、今回どうしても見てみたい場所があった。再現された平城京の朱雀門と大極殿だ。どうせ5日は堺に泊まるのだから古墳は思いっきり見れる。せっかくのGW、どうせ行くなら人が集まっているところの方が楽しいし面白いに決まっている。

 大和高田市から奈良市、2・30キロの距離だ。途中、コンビニで休憩。朝早く出て来て良かった。数年前駐車した興福寺駐車場に入れることができた。管理人のおいさんに携帯の朱雀門の写真を見せて、どこにあるか聞いたら、「平城京跡はだいぶ離れとるよ。歩いては行けないよ。車じゃないとね」
 嫁に、「まぁええや。奈良公園散策し捲ってから行ってみるか」
 嫁、「私奈良公園何回も来たことあるよ。お父さんが連れて来てくれたけんね」といつもの調子で得意気だ。
「奈良公園の鹿はやっぱ数が多いな。半端やねぇぜ。宮島たぁ大違いじゃ」

 
 橿原神宮深田池↓
 
 カワウ↓
 
 快適な二鶴の部屋↓
 
 三階の部屋から庭を眺める↓

作成

2022年1月26日・2024年3月30日修正