▶太宰治は芥川賞を選考委員に懇願していた!? | ぐーすけとりきのブログ

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「走れメロス」「斜陽」「人間失格」
などの作品で知られる作家の太宰治は
デビュー間もない20代の頃、
芥川賞の選考委員で作家の佐藤春夫に
何度も手紙を送っていた。

1936(昭和11)年1月28日付の
長い巻紙に毛筆でしたためた手紙に
書かれていたのは、
芥川賞の受賞を佐藤に懇願する内容だった。

「第二回の芥川賞は、
私に下さいますよう(中略)…
佐藤さん、
私を忘れないで下さい。
私を見殺しにしないで下さい」

などと、切迫した
気持ちがつづられていたという。

太宰は「逆光」で
前年の第一回芥川賞の候補となったが
落選。

当時の太宰は
腹膜炎の治療に使った
鎮痛剤の中毒に苦しみ、
薬代などで借金を重ねていた。

そんな中、
文壇での名声と賞金500円を
切望しての懇願だったが
第二回は受賞者なしで終わった。

その後も太宰は芥川賞を
受賞することかなかったが
その敗北感こそが
後年の名作を生み出した
原動力になったとも
考えられるだろう。