日本人レスラーの中にも、やりにくい相手はいた。
ジャンボ鶴田は大変だった。
彼は非常に主張の強い闘いを好み、自分のスタイルをとにかく正
面からぶつけてくるタイプだった。
リングに上がったら、まず何から始め、どういう流れを組み立て
ていくのかということが、彼の頭の中には完璧に出来上がってい
た。
ひとたびゴングが鳴れば、相手レスラーをその文脈に押し込んで
とことん自分のやりたい試合展開を進めていく。
当然、こちらとしても彼の流れにだけ乗っかっているわけにはい
かないから、徹底抗戦する。
だから、凄まじいぶつかりあいになるのが常だった。
ジャンボは日本人レスラーとしてはかなり上背もあったが、プロ
レスラー全体で考えれば、ずば抜けて体が大きいレスラーではな
かった。
ただ、彼にはミュンヘン五輪のアマチェアレスリング出場という
輝かしい実績が証明する、強靭な足腰があった。
まるでマットに根を下ろしているかのような微動だにしない安定
感があり、そのファイトスタイルの強い主張同様に、彼に技をか
けて動かすのは至難の業だった。
あのブロディも、ジャンボとの試合を決して得意とはしていなか
った。
私がブロディとタッグを組んで、馬場・ジャンボ組と対戦すると
どうしても私と馬場、ブロディとジャンボが対戦する時間が長く
なった。
私が新日本に参戦している時期、ブロディはずっとジャンボと試
合をしていたので、ジャンボが考える観客への意識と独特の「間
」の取り方がわかっていたのだろう。
私はそんな間など関係なく攻めていたので、ジャンボと対戦する
と彼も意地になってしまい、変に試合が膠着してしまったものだ。