▼6「君たちはどう生きるか」吉野源三郎レビュー・凱旋 | ぐーすけとりきのブログ

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北見君へ手紙を出してから3日たった。

だが、3日待っても、北見君からは、何の返事もなかった。

4日目の昼過ぎのこと。

ポカポカと陽のあたる二階の廊下で、コペル君が足の爪を切って
いると、トントントンと、お母さんがめずらしく急ぎ足で、梯子段
を駆け上がってきた。

「潤一さん、お客様よ」

「北見さんよ。北見さんがいらっしゃったのよ。それに水谷さん
と浦川さんも──」

「えっ、ほんと?お母さん」

玄関に飛び出してみると、三人はたたきの上に並んで立っていた。

三人の顔が、まるで重なり合うように、一度にコペル君の目に飛び
こんできた。北見君が笑っている、水谷君が笑っている。浦川君も
笑っている。

三人は、懐かしそうに笑みを浮かべて、コペル君の方を見ているの
だった。

「こんちは!」

と、北見君が、コペル君の姿を見るといきなり、元気な声で呼び
かけた。それは、コペル君の2週間のしめっぽい気持ちを、一度
に吹き飛ばしてしまうような明るい声だった。

コペル君は、見る見る自分の顔が明るくなってくるのを覚えた。
まるで、一つの返事をするたびに、自分の体が目立って軽くなり
グングンとなにか上の方へ浮かび上がってゆくような気持ちだった。

コペル君は、あれ以来はじめて北見君たちにあったのだから、何か
お詫びの言葉を言い出さなければ悪いような気がしていた。

北見君たちも、コペル君の手紙に対して、改めて返事をしなければ
いけないような気がしていた。

しかし、こうして顔を合わせてみれば、そんなことを改めていい
出す必要がどこにあるのか。

北見君たちが、もうあのことを心にかけていないことは、あの北見
君の最初のひとことを聞いただけでわかる。そして、コペル君にも
それがわかっていることは、コペル君の顔を一目見ればわかった。

北見君はいった。

「あんなこと、君、いいんだよ。僕たち、もう、なんとも思ってや
しないよ。──ねえ、水谷君!」

「ああ」

と水谷君は答えて、コペル君に話しかけた。

「本田君、ほんとに気にしなくていいんだぜ。あんなに気にされると
僕たち、こまっちまう」

「でも、僕…」

コペル君が何か言おうとすると、浦川君が、おっかぶせるようにい
った。

「いいんだってば、コペル君!それよりか、僕たち、見舞いの手紙
もあげないで、すまないと思っていたんだよ。でも僕たち、あれから
大騒ぎだったのさ」

「実際、大騒ぎだったんだよ」

と北見君もいった。

そして、三人は、あの雪の日の事件が、その後どうなったのかを、
かわるがわるコペル君に話して聞かせたのだった。

水谷君の姉さんは、たいへん憤慨をし、お父さんに、学校に談判に
行ってくれと頼んだ。お父さんは、会社の用事があるから明後日で
なければダメたといったのだが、姉さんはききいれず、とうとう
お父さんに、翌日学校に談判に行くことを承知させたのだった。

北見君のうちでは、お父さんが怒っていた。北見君のお父さんは、
予備の陸軍大佐だったが、話を聞くと、北見君を学校からさげて
しまうと言い出した。上級生に対し下級生らしい態度を失っていた
のは、北見君が悪い。しかし、それを処罰するのは先生の役目で
あって、たとえ上級生でも生徒にそんな権限はない。北見君が悪い
以上、殴られても仕方ないが、しかし、規律を破った上級生をその
ままにしておく法はない。北見君のお父さんは、そういって、学校に
怒鳴り込んだ。

浦川君のうちでは、憤慨したのは、お父さんよりお母さんだった。
たとえ貧乏な豆腐屋の息子でも、あたしにとっては、大切な息子
です。馬鹿でも、出来なくっても、悪いことをしないのに、こん
な目にあうってことはない。学校はお金持ちの子だけ大切にする
のか。そんな不公平は、あたし我慢できない。そして、これも翌日
学校へ出かけて行って「どういうわけでございましょうか」と先生
にたずねた。

一度に三つの家庭から、抗議が出たので、学校の先生たちも、たい
へん驚いた。

黒川たちは、みんな先生の前に呼ばれて、毎日のように事実を調べ
られた。

先生の間にもいろいろ議論があったようだったが、1週間ばかりして
とうとう処罰が下された。黒川ともうひとりは停学3日を喰らった。
そして、黒川の仲間で、よってたかって雪をぶつけた連中はみんな
譴責を受けた。

譴責というのは、校長先生の前に呼び出されて叱られる罰のこと。
校長先生は、この処罰を発表した後、生徒一同を講堂に集めて、今
回のことについてみんなの誤解がないように、わざわざ訓示をした
のだった。

「そう、そう、僕、姉さんの手紙を預かってきたんだっけ」

と水谷君は、少し赤い顔をしながら、ポケットから水色の封筒を
出した。かつ子さんからコペル君にあてた手紙だった。

コペル君は、すぐに封を切った──

            ★

コペルさん。

ご病気はいかがですか。一時たいへんおわるかったと聞いて、その後
どうかしらと、心配申し上げています。

昨日、弟から、あなたが北見さんへお出しになった手紙を見せて
もらいました。弟があずかって帰って参ったのです。

あのお手紙を拝見して、私、ずいぶん感動しました。こんな良心的
な方をお友達に持ったことは、弟のしあわせだと考えました。

正直に言いますと、私、あなたがあのときみんなといっしょになら
なかったと聞いて、最初はかなりふんがいいたしました。しかし
あのお手紙を読んだとき、私は、もうそんなことを考えませんでし
た。私、読みながら涙が出てきました。

どうぞ、あのことのために、あなたと弟とのおつきあいが、少しでも
気まずくなるようなことがございませんように、──また、これか
らも長く弟の友達としてお付き合いくださるように、弟に代わって
私からもお願いいたします。

おからだご大切に

三月××日                    かつ子

本田潤一様

北見君たちに聞いてみると、水谷君のお姉さんは、コペル君のうち
のちかくの女子大学に入るため、入学の規則書をとりに一緒に来て
停車場に待っているとのことだった。

コペル君はお母さんの方を振り返っていった。

「お母さん、水谷君のお姉さんも、呼んでいいでしょう?」

「ええ、ええ、いいとも。いいどころじゃない、おさしつかえなか
ったら、ぜひきていただきたいくらいよ」

「じゃ、僕、これから呼びに行ってくる。いいでしょう、お母さん」

「じゃあね、潤一さん。帰りには、みんなで駅の自動車に乗っていら
っしゃい」

お母さんの言葉を後に聞いて、もうその時には、コペル君は下駄を
つっかけながら、玄関を飛び出していった。

それから、しばらくすると、4人の少年とかつ子さんとは、自動車
に乗って、コペル君のうちに向かって走っていた。原っぱのわきを
通り、えのきの並木の下を通り、自動車は気持ちよくすべってゆく。

コペル君は、なんだかひと戦争すませて凱旋してゆくような気持ち
だった。