92年のシーザージムの元旦練習。
シュートボクシングから、選手の大量離脱が続いていたため、この
年の元旦に集まった選手の数は寂しいものだった。
大量離脱のきっかけは、UWFとの合同興行『真夏の格闘技戦』だ
った。
プロレスの興行の中で、シュートボクシングは当然、リアルファイ
トを行った。
第1試合の大村勝己vs李石戦、第2試合の大江慎vs三宅秀和戦
は共に鮮やかなKOで試合が決まった。
セミファイナルで、シーザーはパーヤップ・プレムチャイと闘った。
パーヤップはムエタイの強豪で、当時のキックボクシング日本
王者を子供扱いしたのが約2年前の86年11月のこと。
本物の強豪を相手に本当の試合をする。
あの日、シーザーが本当の意味で勝つべき相手はUWFだった。
平を含むシュートボクシングの若手みんなが、リアルファイト
でUWFを超えようとするシーザーの姿に自分を重ねていた。
試合はあっさりと終わった。あっさりというよりもあっけなく。
あっけなくというよりも疑問を抱かせて。
1R2分36秒、シーザーのミドルキックによるKO勝ち。
シーザーのミドルを食らったパーヤップは、大袈裟なゼスチャー
で悶絶し、そのまま起きてこなかった。
平の目には、パーヤップは自分から寝たように見えた
平たちシュートボクシングの若手はショックを受けた。
どう見ても八百長に思えた。
失望はすぐに怒りへと変わった。信じていた気持ちが強かったぶん、
怒りは膨れ上がる一方だった。
「もうやめよう」
いつしか、シュートボクシングの若手の気持ちは1つの方向に向か
っていた。
その後、選手や練習生が続けざまにやめていった。
だが、若手が大量離脱したことで、平は一層シュートボクシング
を辞めにくくなったいた。
総合格闘技が誕生する過渡期には、怪しい試合がたくさんあった。
あらためて見てみると、いくらでも突っ込みどころがある。
だが、今の選手があの時代にリアルな試合をやっても観客はつい
てこられず、総合格闘技の火は消えてなくなっていたかもしれない。
当時の格闘家がズルや楽をしていたとは全く思わない、と平は言う。
それぞれが真剣に考えた格闘技の夢を実現するために考え、努力
していた。
結果として過渡期に怪しい試合やリアルファイトでない試合があっ
たから、今の総合格闘技は存在する、と平は考えた。
時代が追いつくまで、まだら色の試合が必要だったのだ。
ただ、1つ付け加えるならば、前田(リングス)もシーザーも、
平にはリアルファイトしかオファーしなかった。
そしてきちんと観客の前でプロとして試合をさせてくれた。
平は、今に至って、おふたりには感謝の気持ちしかない、という。
「僕は総合格闘技の試合がしたいんです。谷川さんから石井館長
に話をしていただけませんか」
当時、『格闘技通信』の編集長をしており、のちにK-1のプロ
デューサーとして活躍する谷川貞治に、意を決して言った。
ここから話はトントン拍子に進んだ。
話を聞いた石井館長は、正道会館に出場することを即決してくれた。
平はシーザーにその事実を報告した。失礼な話なのだが、完全に
事後報告だった。
「うーん、そうか……」
平の話を聞いたシーザーは当初、やはり出場を渋った。
だが、最終的には平の気持ちを優先し、許可をしてくれた。
出場を認めてくれただけでなく、平のために強豪・日大レスリング
部への出稽古まで手配してくれた。
石井館長が用意した舞台は、3月26日に東京体育館で開催され
る『硬派er 92格闘技オリンピックⅠ TOKYO』。
相手はリングス・オランダのエリック・エデレンボスと決まった。
ゴングが鳴ってエデレンボスと向き合った時、少し違和感があった。
試合が終わってからビデオで見たら、相手はサウスポーだった。
そんなことも知らないまま、平はリングに上がっていたのだ。
当時はまだ格闘技の世界も牧歌的なもので、対戦相手の写真を
見ただけで、試合当日を迎えるようなこともずいぶんあった。
この日の平もそうだった。
1Rが始まってまもなくエデレンボスにアームロックを決めながら
グラウンドの状態になった。エデレンボスはブリッジで返す。
それをいなしてもっときつく締める。
何度か回転したのち、アームロックががっちり極まった。
平自身が見たことも、やったこともないような動きの連続だった。
腕は完全に決まっていたが、エデレンボスはギブアップしない。
このまま、いっちゃうか。そう思った瞬間、レフェリーが試合を
止めた。
1R1分33秒、レフェリーストップ勝ち。観客は大歓声で平の
勝利を称えた。
全試合が終了した後のリングに、出場選手全員が上がった。
試合が終わればノーサイド。
K-1のリングですっかりおなじみとなった試合後の光景は、この
時期に始まっている。どれほど殺伐とした格闘技の興行も、ハッピ
ーエンドで終わらせる魔法のエンディングシーン。
石井館長のプロモーターとしてのずば抜けたセンスがあそこに
凝縮されていると、平は言う。
全選手が集まったリング上には、前田日明もいた。
前田は平を見つけると、すっと近づいてきた。
あのよく知られたゴンタ顔でぐっと顔を寄せてくる。
あれ、気づかないうちになにかやらかせたかな。平の顔がひきつる。
「おい、こんなにいい試合やりやがって。お前これじゃ、リングス
立場がないやないか」
前田の顔がゴンタ顔から満面の笑みへと変わった。
つられて平も笑顔になっていた。
UWF、シューティング、シュートボクシング、リングス、正道
会館……日本で総合格闘技の舞台が整うまでの大きな流れのそば
になぜか平はいつもいた。
泉から湧き出た水が、他の小さな流れを吸収してやがて川へとな
っていく。
そして、その流れは大きなうねりとなって、総合格闘技の時代へ
と突入しようとしていた。