・「新聞の経済記事は読むな、バカになる」レビュー・終章:渡邉哲也 | ぐーすけとりきのブログ

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<世界の仕組み>

世界は仕組みで回っている。

政治も経済も仕組みの問題であり、世の中で起きている出来事の
多くは結果に過ぎない。

よく新聞を読むと馬鹿になるなどと言われるが、これは新聞には
結果しか書いてないからである。

すでに出た結果の情報としての価値はなく、終わったことをいじり
回しても、何も変わらない。

時計の針は、前に進むことがあっても、後ろに戻ることはないので
ある。

では、結果を予測するにはどうしたらよいか?という話になる。

これを得るには、仕組みを理解する必要があり、その仕組みから
得られるであろう結果を予測するしかない。

それでは、仕組みを理解するにはどうすればいいか?という話に
なる。

それこそが知識ではなく、知恵であり、経験というものであろう。


<ルールをつくったものが勝つ>

仕組みを作ったものが勝者となる。

物ごというのは仕組みとルールをつくったものが勝者となる。

なぜなら、自らつくったルールではなかなか負けないからである。

自分たちが勝てるルールをつくり、それを押し付けることで利益を
得る。

これをゴリ押しするのが政治であり、支配構造であるともいえる。

これまで、戦後の日本は他人のルールに従いながら、戦ってきた。

敗戦国の悲しみではあるが、そろそろ、これを脱却すべき時が来て
いるのだ、と著者はいう。


<アカが書き、ヤクザが売って、馬鹿が読む>

これは日本のメディアを揶揄した言葉である。

著者が子供の頃、新聞を読んでいると、「新聞を素直に読むと馬鹿
になるぞ」と祖父によく言われたという。

そして「誰が金を出し、どのような意図で書かせているか考えなさ
い」とも言われた。

当時の著者にはこれがなかなか分からなかったが、大人になるにつれ
なんとなく言葉の意味が分かり始めたという。

この本の読者の方で、一般の新聞に書いてある情報で投資をして、
儲けた方はいるのだろうか?

著者はいう、少なくとも私の知り合いを見る限り皆無に近い、と。

なぜなら、一般紙の紙面を飾る頃には情報は古くなってしまっている
からである。

そして、それはすでに終わったことなのである。

速報性のあるはずのTVも、いまや新聞を紹介する時代であり、無料
放送モデルであるため、スポンサー次第で動くものなのだ。

だから、情報が当てにならないわけである。


<先進国vs新興国>

世界の先進国の人口は約12億人、残りの58億人は新興国に住んで
いる。

そして、新興国の多くは未整備な大地と未熟なインフラが特徴でであ
り、これは発展を阻害する最大の理由となっている。

その代わり、賃金が安く、膨大な発展需要が見込めることが新興国の
強みである。

しかし継続的な発展は、資源に限界がないという条件の下でしか成立
しない。

新興国の発展は資源の爆食を発生させ、資源価格の高騰を招くのだ。

さらに言えば、先進国の指導者たちの最大の悩みは、悪化し回復しな
い失業率であり、その原因も新興国からの安価のモノの流入である。

つまり、新興国が先進国の利益と雇用を奪ってしまっているのだ。


<日本の経済構造>

よく内需と外需どちらを優先すべきかという愚かな質問をする人が
いるが、日本という国はGDPの9割近くが内需で構成されており
外需は1割強にすぎない。

つまり、内需依存国家である。

しかし、これは単純なものではなく、日本の資源構造を考えた場合、
常に対外収支の黒字を出さなくてはいけない国でもある。

このように考えると、内需を最大限守りながら、外需を拡大してい
くというのが正解となり、これを行うにはどうすればよいのかとい
う話となる。

ここにも一つの解があり、外国を日本のシステムに依存する国に
してしまえば良いということになる。

ODAや政府援助を通じて、日本製のシステムや基礎部品、基礎材料
などがなければ、動かない経済システムを構築すればよいわけである。

文化とシステムの輸出、これこそが政府と企業が一体でなくてはで
きないものであり、著者はこれが日本経済復活のカギとなるものと
信じているという。

ただし、最初のシステム構築後はすべて民間に任せるべきである、と
する。

ここにしがみつく役人や政治家がいることが問題なのだ。

システム構築は政治家や役人がいないと難しいが、そのあとは民間
だけでなんとかなる。

これを既得権益として、私物化しようとする人たちがいるから組織
が硬直し、汚職などの問題を招き、結果的に大きな批判を呼ぶので
ある。

これが、政治家・役人と企業の使い分け、役割分担である。


これは、著者:渡邉哲也氏が日下公人氏との間で行った対談の
終章を渡辺氏が単独で綴ったもので、前に対談で述べたことが
逆になっていることもある。ちょっち注意