★「零戦は急降下が苦手だった」のか? | ぐーすけとりきのブログ

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零戦は、スピードと機動性を追求した結果、ボルトや
ネジの細部に至るまで徹底的に軽量化されていた。


そのため、増槽して3000キロという航続距離を実現
でき、爆撃機を安全にエスコートできたことが、太平洋
戦争初期の日本軍大勝に結びついた。


ところが、零戦は、機体を超軽量化したがゆえの欠点を
あわせ持っていた。


最大の欠点は、機体強度の低さである。


実際、試作機の段階で、急降下試験の際に機体が空中分解。


テストパイロットが殉職するという事故が起きていた。


零戦にかぎらず、航空機は旋回や急降下などの激しい飛び
方をすると、機体に大きな負荷がかかる。


とくに、急降下すると、主翼にゆがみが発生しやすくなり、
限界速度を超えて急降下を続けると空中分解する危険があ
った。


とはいえ、空中戦には、急降下が欠かせない。


そこで当初は、零戦には、グラマンF4Fワイルドキャット
など、同世代のアメリカ軍機よりも低い時速の629・7
キロという急降下時の制限速度が設けられていた。


対して、ワイルドキャットの制限速度は時速700キロ台で
600キロ前後なら、機体の状態を気にすることなく、
楽々と急降下できた。


開戦当初、軽くて機動性にすぐれた零戦は、このワイルド・
キャットをカモ扱いにしていた。


その後、零戦も改良を重ねた結果、急降下の制限速度はアッ
プした。


しかし、やがてアメリカ軍パイロットの技術が向上してくる
と、零戦には、急降下に弱いという性能の低さが、空中戦
での大きなハンディとなってのしかかることになったのだ
った。


現実に、年を追うごとに、零戦は活躍できなくなった。


その最大の理由は、エンジン開発で遅れをとり、1943
年半ばからアメリカ軍が投入したF6Fヘルキャットと
大差が付いたことである。


ヘルキャットは、2000馬力といいう零戦の2倍近い
高性能エンジンを搭載し、最大速力は時速594キロ。


機体強度も高く、急降下制限速度は800キロを超えて
いた。


その急降下性能の格段の違いが、零戦が苦戦する大きな
要因となったのである。