世界的な自動車メーカー、フォード社を興したヘンリー
・フォードは、宣伝の達人だった。
フォードは1898年に最初のガソリン車を開発するが、
このとき、彼は一銭の宣伝費も使っていない。
というのも、最初の試乗会に、大勢の新聞記者を同乗させ
たので、彼らがもの珍しがって競ってその記事をかいてく
れたのだ。
また、ある新車を開発した時には、自らのハンドルでレー
スに登場したこともあった。
これがまた優勝するものだから、全世界の新聞に無料で、
フォード車の宣伝記事が掲載されることになる。
ところが、一時期、フォード車の売上が激減したことが
あった。
このころ、フォードは新聞広告を連日うっている。
次に出す新車が売れないと、フォード社は危ない、と
までいわれたころだ。
しかし、フォードが芸もなく、お金をかけて紙面を買う
わけがない。
広告の中身はフォードの人柄を表す文章だけで、新車
の紹介はまるでない。
この広告が三日もつづくと、人々は新車が知りたくて、
むずむずしてきた。
こうして四日目に新車の写真と価格が発表されたとき、
人々のあいだでは「ニューフォードをみたか」があい
ことばになった。
この新車が爆発的に売れたのは、いうまでもない。