◆2 死者を10万人も出した明治時代の驚異の病 | ぐーすけとりきのブログ

ぐーすけとりきのブログ

ブログの説明を入力します。

近代的な煉瓦街の銀座ができ、ガス灯が灯るなど
文明開化の波がとうとうと押し寄せていたように
見える明治時代だが、当時の東京は毎年のように
伝染病が流行して数千人の死者が出る不衛生な街
だった。


とくにコレラによる被害は大きかった。


1858年、アメリカの軍艦ミシシッピー号がコレラ
菌を運んできたといわれている。


この時は長崎から全国へ波及して3年にわたって猛威
をふるった。


衛生思想の欠如と医学の不備で1879年6月に
またまたコレラが流行した。


この時は全国で10万5000人が死亡した。


1883年と1885年には赤痢が流行して死者は
1万人以上。


1886年にはコレラと天然痘が発生して、この年
も大量の死者が出ている。