中国は来る第4回国連世界女性会議の主催国に選ばれており、私
はアメリカ政府代表団の名誉団長として、そこに参加する予定だ
だった。
国連女性会議では、母親と子供の健康管理、小規模融資、家庭
内暴力、女子教育、家族計画、女性の参政権、所有権、法的権利
などの問題について様々な国が発表する、重要な公開討論会が予定
されていた。また、世界中の女性が今後それぞれの国で行動を
起こすために、5年ごとに開催されるもので、自分が参加すること
によって、アメリカが対外政策において女性のニーズや権利に力
を入れていることを示したいと思っていた。
私の先発隊隊長を務めたウィスコンシン州の弁護士ブレイディ
は、スピーチの内容について、中国の役人から毎日のように問い
合わせを受けていた。中国側が明らかにしたところによると、会議
の参加は歓迎するが、不愉快なことをいってもらいたくないし、
「中国の心の広さに感謝して欲しい」ということだった。
いよいよ、本会議場に足を踏み入れる時が来た。国連のミニ版
といった趣だ。スピーチはこれまでにも何千回としてきたという
のに、緊張していた。テーマこそ自分が情熱を傾けているものだ
ったが、なんといっても国の代表として話すのだ。大博打だった。
女性の権利は人権と別ではなく、人権の副次的な存在でもないと
いうメッセージを伝えるために、単純明快でわかりやすいスピーチ
にしたかった。女性にとって自分のために人生の選択をすることが
どれほど大切か、そのことを訴えるスピーチにしたかった。この
スピーチで「既成概念を超える」とは中国政府の不当な態度を
明らかにすることだった。
「新世紀を目の前にして、今こそ沈黙を破る時です。今こそここ
北京で主張する時です、全世界に訴える時です。女性の権利を人権
と区別して議論するのはもうやめましょう。あまりに長い間、女性
の歴史は沈黙の歴史でした。今日にあってさえ、わたしたちに沈黙
を強制しようとする人々はいます
この本会議場にいる女性たちの皆さん、今ここで大きくはっきり
と声を上げましょう。
すなわち、赤ん坊がただ女の子だという理由で食べ物を与えられ
ない時、水の中に捨てられる時、首を絞められる時、背骨を
折られる時、それは人権の侵害です。
女性と少女が売春という奴隷制度に売られる時、それは人権の
侵害です。
結婚持参金があまりに少なかったからといって、女性がガソリン
を浴びせられ、火をつけられ、焼死させられる時、それは人権の
侵害です。
女性が地域社会でレイプされる時、女性が戦争の手段として、あ
るいは戦利品として、何千人という単位でレイプされる時、それは
人権の侵害です。
世界中の14歳から44歳までの女性の主な死因が、自分の家庭
で自分の身内による暴力である時、それは人権の侵害です。
若い女性が、性器切除という苦痛に満ちた下劣な習慣に苦しめら
れる時、それは人権の侵害です。
女性が、自分で家族計画を立てる権利を否定される時、さらに
意に反して中絶や不妊手術を強要される時、それは人権の侵害です。
この会議から後世に残すべきメッセージがひとつあるとしたら、
これしかありません。人権とは女性の権利であること……そして、
女性の権利とは人権であること。これから先もずっと」
「ご清聴、どうもありがとう。あなた方と、あなた方の仕事と、そ
こから利益を得られるすべての人々に、神のご加護がありますよう
に」
と最後の言葉を言い終えたとたん、深刻で硬い表情をしていた
各国の代表が一斉に立ち上がり、万雷の拍手で私を迎えてくれた。
わたしに駆け寄ってきて、体に触れ、感銘の言葉を叫び、「参加
してくれてありがとう」といってくれる人々もいた。バチカンの
代表も、スピーチを褒めてくれた。本会議場を一歩出ると、階段
の手すりから身を乗り出す女性や、私の手を握ろうとエスカレータ
ーを駆け下りてくる女性がいた。
メッセージに共感を得られた。そう思って、私は、身が震える
ほど嬉しかった。同時にマスコミの反応もよかったのでほっとした。
この時の私には、この21分間のスピーチがその後、世界中で
女性宣言になるとは知る由もなかった。今日に至っても、海外に
行くたびに、女性たちは私に駆け寄ってきて北京でのスピーチを
暗唱したり、私のサインを求めてその原稿のコピーを差し出したり
してくれる。
中国政府の反応は、それほどいいものではなかった。のちに
知ったことだが、中国政府は会議のハイライトを中継していた
有線テレビの録画から、私のスピーチの部分を削除したという。