■ガソリン税をかけよ
しかし、田中のユニークな発想は、たとえば「ガソリン税」では
決して大ボラでは終わらなかった。田中は、いまから半世紀以上前
にして、マイカー時代がやってくる以前、すでに「ガソリン税を
かけよ」との議員立法を提案した。当時は、まだ今日のクルマの
時代とは縁遠いものだったが、自動車時代の到来を読んだ上での
卓見だったのだ。
与党内、あるいは官僚、経済学者を巻き込んで、このガソリン
税は大きな論争を巻き起こした。「そんなことをしたら、クルマに
乗るものはいなくなってしまう」という与党代議士の多くと官僚、
経済学者は「政府固有の予算編成権を拘束する目的税法は憲法違反
」といった「正論」で、この法案成立の前にたちはだかった。しか
し多くの人々が、こうして目を丸くして当惑、議論する中で、田中
は次のような論理を展開したのだった。
■なぜ、ガソリン税が必要か
「ええですか。自動車が走るにはまず道路がいる。歩道ならとも
かく、自動車道路となれば舗装が必要だ。道路をつくり、舗装する
にはカネがかかる。それなら、クルマを走らせるためには、まずガ
ソリンが必要なのだから、ガソリン税をとって財源を確保し、道路
づくりをやるべきだ。
道路がよくなれば、クルマの利用者も増える。ともなって、ガソ
リン使用料も増える。ガソリン税が入れば、それをまた道路づくり
に回せるというものだ」
結果、この田中によるガソリン税構想は、昭和33年、「道路三
法」のひとつの「道路整備緊急措置法」として成立した。「道路法
改正」「道路整備特別措置法」(有料道路法)と合わせて、敗戦で
崩壊した日本経済の復興に、多大な寄与をすることになった。わが
国の驚異的な復興テンポは、この「道路三法」なくしてはなかった
と言える。機知と先見力に富み、意表を突いたこうした発想は、や
がて党人派の田中を政界の主流の押し上げていく原動力ともなった
のだった。