★世界文学を読もう~ディケンズ「二都物語」 | ぐーすけとりきのブログ

ぐーすけとりきのブログ

ブログの説明を入力します。

 1775年。フランスは、ルイ16世とマリー・アントワネット
の時代。堕落しきった貴族たちは、快楽と退廃の日々を享受し、
一方圧制に苦しむ市民の間には、貴族たち為政者に対する不満と
憎悪が、暴発寸前にまで高まっていた。海を隔てたイギリスでも、
秩序や保安は期待すべくもなく、首都ロンドンでさえ治安は乱れ、
強盗や追いはぎなどの事件が起きない夜はなかった。


 チャールズ・ダーニーは、フランス貴族として生まれながら、
叔父サン・テヴレモンド侯爵の暴政を嫌悪しイギリスに亡命して
いた。ところがあるとき、ダーニーはイギリス軍の機密情報を
フランスに漏洩したとする容疑で裁判にかけられる。このとき証言
を求められたのが、偶然にもダーニーと海峡を渡る船上で出会った
若く美しい娘ルーシーと父親のマネット医師だった。


 マネット医師は無実のまま18年間バスティーユの牢獄に囚われ
た後、かつての召使いで現在はパリで酒場を営むドファージュと、
旧友で銀行家のミスタ・ロリーに助けられ、再会した娘との新しい
生活を始めようとしていた。


 この裁判でダーニーを救ったのが、豪腕弁護士のストライバーと
その同僚でダーニーとうりふたつの男、シドニー・カートンだった。
カートンは優れた才能を酒におぼれさせ、人生の成功にみずから背
を向ける男だった。やがてダーニーはルーシーと結婚し、ロンドン
のマネット医師の家でともに幸福に暮らし始めるが、この時、医師
の胸には重大な秘密が封印されていた。しかし、この秘密が、後に
物語の流れを急変させることになるのである。


 同じ頃、パリではサン・テヴレモンド侯爵が暗殺され、これを
契機に一斉に民衆が蜂起する。既に飽和点に達していた人々の
憤怒と憎悪は、革命を遂行する膨大なエネルギーとなり、貴族のみ
ならず、その恩恵を受けたとみなされた市民までもが次々と断頭台
へと送られていった。かつての召使いが捕らわれたことを知った
ダーニーは、助命のためフランスへ向かうが、貴族の身分のゆえに
自身も捕まってしまう。ルーシーとマネット医師は、すぐさまパリ
へ向かうと、渡仏していたロリーとともにダーニーの裁判に備える。
マネット医師は公正な治療と優れた人間性によって、パリで比類
なき人望と名声を獲得していく。裁判当日、自らがバスティーユの
囚人であったことを証明し、被告が娘婿(むすめむこ)であること
を告げると、陪審員は全員一致でダーニーの無罪を決めた。


 しかし、ドファージュの妻は、テヴレモンド侯爵とその兄、すな
わちダーニーの実父による暴虐非道を訴えた手記を証拠にダーニー
を告発する。驚くなかれ、手記は昔、ダーニーの父たちの罪を
知ったマネット医師が、口封じのために投獄されたバスティーユの
獄中で書き綴り、壁の中に隠していたものだった。娘とダーニーの
結婚を認めたとき、医師は手記の中の真実を自分の胸の中だけに
封じ込めたつもりだったのだが……。真実を知ったダーニーは打ち
のめされ、医師自身も耐え難い衝撃を受ける。父親と夫の親族との
関係を知ったルーシーは、ショックと絶望のあまりその場で気を
失ってしまう。そのとき、ひとりの男が彼女を抱き起こした。無頼
の弁護士シドニー・カートンだった。


 カートンは自分の容貌がダーニーに酷似していることを利用し、
彼の身代わりになる決意を固めていた。マネット父娘とダーニーを
無事にイギリスに送り出すと、自らは断頭台の露と消えたのだった。
彼が命をかけてダーニーを救った理由は、胸に秘められたルーシー
への尊敬と深い愛情だけではなかった。自分の命を犠牲にすること
で無意味で虚無的だったそれまでの人生に意味を与え、最後の輝き
を灯すことができるものと、カートンは確信していたのだ。事実
彼の最期は、あの刑場で見られたもっとも平和に満ちた静かな顔
であったという噂がパリのあちこちに流れた。