キューバのカストロ首相は当初アメリカとの友好関係を模索して
いたのだが、アメリカはキューバを露骨に敵視していた。ケネディ
政権は無道な侵略を仕掛けた上、キューバを政治的・経済的に孤立
させ、革命の成果を潰そうと企んでいた。時あたかも冷戦の時代
弱小国キューバとしては、アメリカの圧力に対しては、ソ連に
助けを求めるしか選択肢はない。
ソ連の側も、アメリカの下腹に位置するキューバの戦略的価値を
認識しており、アメリカによる経済的圧力を受けているキューバ
を支援し接近を図った。両者の利害が一致し、1962年ソ連首相
ニキータ・フルシチョフはキューバの防衛を表明するとともに、
核兵器を搭載可能なソ連製ミサイルを秘密裏にキューバに配備する
ことを計画する。
同年10月、それを知ったケネディは恐れ、かつ怒った。ちなみ
にどうしてそうした事態を知ることができたのかといえば、U2型
偵察機をキューバの領空内に侵入させ、密かに(あるいは公然と)
偵察を行っており、その偵察機が建設中のミサイル基地の写真撮影
に成功したからだ。
ともあれケネディは、国を臨戦態勢に切り替え、海軍艦艇18
3隻と軍用機1190機を動員。キューバへのさらなるミサイル
搬入を阻止するため海上封鎖の配置につかせ、ソ連とキューバに
対して、キューバからのミサイル攻撃はソ連による攻撃とみなし
て報復すること、キューバからミサイルを撤去することを通達し
たのである。
これをソ連は拒否、キューバも海上封鎖は主権の侵害である
として強く反発したが、ケネディは海上封鎖を強行する。一触即発
の空気が流れた。一歩間違えば核戦争が始まる。当事国のみならず
世界中が恐怖におののいた。
だが、ここでソ連のフルシチョフ首相が譲歩した。アメリカが
キューバに侵攻しないことと引き換えにミサイルの撤去に同意した
のである。ケネディが強攻策をとったことにより、間一髪の所で
危機を避けられたと評価する声もないわけではない。
しかし、そもそもアメリカのキューバへの敵視策・中南米政策
自体が危機のおおきな原因であることは明白だろう。また、アメ
リカ自身が、以前からソ連の周辺国に核ミサイルを大量に配備して
いた。いわば今回はソ連にやり返されたわけで、ケネディが自ら
招いた、世界破滅の危機だったのである。