◆ DNA型鑑定も100%ではない・足利事件 | ぐーすけとりきのブログ

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 DNA型判定は、およそ4兆7000億人の中からひとりを特定
できる精度を持つとされている。この数字を見れば、DNA型鑑定
が一致すれば、その人物が犯人だと断定してしてしまうのも無理
はない。


 しかし、いかにDNA型鑑定といえども、その鑑定結果が必ずしも
正しいとは限らない。事実、いったんDNA型鑑定ででクロと判定
されながら、のちに誤りであったことが判明。無罪になったケース
も存在している。


 そんなDNA型鑑定の絶対性を覆した代表的な事例といえるのが、
近年、冤罪として騒がれた足利事件だ。


 この事件で、逮捕の決め手となったのは、被害女児の下着に付着
していた精液と、被疑者となった幼稚園バスの運転手であった男性
のDNA型が一致したとされることだ。この鑑定には当時からその
信憑性に疑問が持たれていたのだが、結局、男性には無期懲役の
有罪判決が下されることになる。


 ところが、それから18年たった2009年になって、改めて
鑑定をやり直したところ、両者のDNA型が不一致であったことが
判明。やり直し裁判が行われ、ようやく男性は自分の無罪を証明
することができた。


 まさに司法の汚点とも言える事件だが、なぜこうしたことが起
きたのかというと、ひとつには当時はまだDNA型鑑定の技術が十分
に確立されておらず、現在ほどの精度を持っていなかったというこ
とが挙げられる。実際、足利事件において使用されたのは「MCT
118」という検査方法で、これはDNA型のうち、たった一箇所しか
鑑定しないという、かなり精度の低いものでしかなかった。それに
もかかわらず、なぜか裁判では、あたかもDNA型鑑定は「絶対で
ある」かのような判断がなされ、結果として誤った判決が下され
てしまったのだ。


 この事件の最大の問題点は、警察・検察・裁判官のいずれもが、
こうした「DNA型鑑定は絶対である」という神話にとり憑かれてし
まい、正しい検証を行わなかったことにあるだろう。それは、男性
が無罪を主張し続け、幾度となくDNA型鑑定のやり直しを要求した
にもかかわらず、18年もこれを放置してきたことに如実に表れ
ている。科学技術の発達はたしかに素晴らしいものだが、だから
といって、決してそれを過信してはならないのである。