▼動物園に行くと悲しい気持ちになりませんか?(再掲・改) | ぐーすけとりきのブログ

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前に、動物園の話を書いた。

狭いところに押し込められて「見世物」にされて

大変だろうなぁ、というものである。



なんでかというと

動物に感情移入しすぎて

見世物として見物できないのである。



ペンギンは寒い南極からやってきて、日本は暑い

白くまは北極からやってきて、これまた日本は暑い

ゼブラ、ライオン、チーター、象はアフリカのサバンナから

やってきて日本は寒い

ゴリラやオラウータン、虎はジャングルからやってきて日本は寒い



むりやり異なる環境で生活させている。

また動物と言えども視線を感じるのである。

なるべく人前にはでたくない。

ゴリラなど、人が近づいていくと

サッと逃げていってしまうものである。


しかし動物園側も動物を見てもらわなければ

はなしにならないから、いろいろな工夫をする。


サル山をコンクリートで造りまわりを水で囲んで

どこからでも、猿を見えるようにしている

猿はコンクリートは肌に痛いし

視線も感じるので、戦々恐々とている。

いごこちは悪そうだ。



ところで、昨日、田舎の動物園に行ってきた。



恩師上野公園が日本で最もメジャーな動物園だと

思っていたので、そこも狭いところにおしこめられているのだろうなぁ。

と思っていたのだが、

あにはからんや、広大な敷地を動物たちがほぼ自然のまま

暮らしていた。

さすがに、動物の種類は少ないが、動物は見物人から

見えるか見えないかのちょうどよいポジションにおり

動物もストレスを感じずにいるようだった。



上野動物園のパンダなんて、プライバシーないもんねぇ。

当該動物園では動物のプライバシーにも配慮され

チンパンジーが

2メートル先で交尾しているのを見てびっくりした。

また、



広大な敷地を、キリンがゼブラを従えて走り回っており

(歩いているんじゃないよ、走ってるんだよ)

見物人のことなんか、我関せずといったようだった。



順路も適切につけているが、あんまし広くて迷子に

なりそうだった。



南米の魚や、チスイコウモリなど小ネタの動物も

充実しており、充実して見学できた。



前に高村光太郎の詩を抜粋したが、

当該動物園に関しては、嘆くことはなさそうだ。



「ぼろぼろな駝鳥」 

何が面白くて駝鳥を飼ふのだ。

動物園の四坪半のぬかるみの中では、

脚が大股過ぎるぢゃないか。

顎があんまり長過ぎるぢゃないか。

雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢゃないか。

腹がへるから堅パンも食ふだらうが、

駝鳥の眼は遠くばかりみてゐるぢゃないか。

身も世もない様に燃えてゐるぢゃないか。

瑠璃色の風が今にも吹いて来るのを待ちかまへてゐる

ぢゃないか。

あの小さな素朴な頭が無辺大の夢で逆まいてゐるぢゃ

ないか。

これはもう駝鳥ぢゃないぢゃないか。

人間よ、

もう止せ、こんな事は。