かいつまんでいえば
ど田舎の小学生が、きばって勉強して
州都にあるマウルブロン神学校に合格し、優秀な成績をおさめ
誰かに抜かれるんじゃないかとビクビクしながら
挫折におちいり、放校されて、
田舎に帰る、というのが第一部だ。
この本は、ヘッセの自伝的要素を多く含んでいる
たとえば、彼が、神童と扱われていたこともそうだ。
ヘッセが祖父や父と同様に新教の牧師になることは
初めから決まっていたようなものだった
そのためマウルブロンの神学校を経てチュービンゲン
大学で神学を修めるというのも、自明なコースであった。
官費でその業を終えれば、牧師として尊敬される
地位が一生保証されるのだった。
だが、アウトサイダーに生まれついたヘッセは
その安全確実な道をわれから踏み外した。
しかし、その転落と受難によって詩人ヘッセがうまれた。
ハンス(主人公)が唯一の親友ハイルナーに言われる場面がある
ハイルナーは理屈の上でハンスを攻撃し始めた
のは、ハンスにとってなおいっそうの苦痛だった。
「そりゃ、日雇い仕事さ」と、いうのだった。「君はどんな勉強でも
好きで、すすんでやってっるんじゃない。ただ先生やおやじが
こわいからだ。1番か2番になったって、なんになるのだい?
僕は20番だけれど、それだからといって、きみたち勉強家
よいりばかじゃない」
ハンスはこの不良仲間と付き合いだしてから、ラテン語も
ギリシャ語も、ヘブライ語も、数学もやめてしまtった。
そして校長先生に「神経病」と判断され家に帰ることに
なる。
学校と父親や、2、3の教師の残酷な名誉心とが、
傷つきやすい子供のあどけなく彼らの前に
ひろげられた魂を、なんのいたわりもなく踏みにじる
ことによって、このもろい美しい少年をここまで
連れてきてしまったことを、誰も考えなかった。
なぜ彼は最も感じやすい危険な少年時代に毎日
夜中まで勉強しなければならなかったのか。
なぜ彼から飼いウサギを取り上げてしまったのか。
なぜラテン語学校で故意に彼を友達から遠ざけて
しまったのか。なぜ魚釣りをしたり、ぶらぶら遊んだり
するのをとめたのか。なぜ心身をすりへらせるような
くだらない名誉心の空虚な低級な理想をつぎ込んだのか
なぜ試験のあとでさえも、当然休むべき休暇を
彼には与えなかったのか。
これは、ぐーすけにしてみれば、「ジャンプ」だ。
寮生活をしており、マンガ禁止なので読めなかったのだ
中1~高3までいるので、学年の上のものは、読めるのだが。
中1にまでにまわってこず、、「ジャンプ」をよむのは
禁忌なものとされていた。だからぐーすけのジャンプ読者歴
は1年間ポックリ間がある(中2からは下宿した)
神学校から田舎に帰ったハンスは少年の頃
禁止されていたことを何不自由なくやってみる。
それは、普通の少年にとっては当たり前のことだったが
勉強のために禁止されていたものだ。
魚釣りや、リンゴの圧搾機のてつだい。パイ焼き
など、たわいもないとばかりだったが
やはり、勉強しなくてもよかった、幼年時代と異なり
みんなが少年時代に済んでしまった、いわば
通過儀礼を人より遅れてしたのだった。
やがて、彼にも仕事の話が来る。機械工になることに
なったのだ。父親はハンスに青い麻の服と青い半毛
の帽子を買ってやった。ハンスはそれを着てみた。
鍛冶屋の服を着ると、彼は別人のようにかなりこっけいな
気がした。学校や校長先生と数学の先生の住居や
フライクの仕事場や牧師さんの家のそばを通り過ぎる
ときは、みじめな気持ちになった。あれほどの苦しみも
勉強も汗も、あれほど身を打ち込んだささやかな喜びも
あの誇りも功名心も、希望にはずんだ夢想も、なにもかも
無駄になり、結局、すべての仲間より遅れ、みんなから
笑われながら、いまごろ一番びりの弟子になって
仕事場に入るというのが、けりだった。
2年先輩の(仕事場では)の、小学校の同級生が、はじめて給料を
もらったので、「飲みに連れていってやる」といわれ
となり街まで飲みにゆく。
それから、急転直下、時間は過ぎ去り
やがて、アッという結末になる。
それが知りたければ、本書をご覧あれ。