■戦艦「大和」が46センチ砲の搭載にこだわった理由 | ぐーすけとりきのブログ

ぐーすけとりきのブログ

ブログの説明を入力します。

 「大和」のシンボルといえば、46センチ砲である。第二次大戦
に登場した欧米のライバル戦艦が搭載していたのは36センチ砲
や40センチ砲。「大和」のみが、その上をいく46センチ砲
を搭載していたのだ。


 「大和」が46センチ砲を搭載したのは、条約によって艦船の
数を制限されていたからである。1922年(大正11)のワシ
ントン軍縮条約によって、日本の保有できる主力艦の数は
「アメリカの6割」と決められた。その数的な劣勢を跳ね返す
には、質を向上させるしかない。そのため、日本は戦艦の大型化
を目指すことになり、やがて完成した「大和」は、世界最大の
戦艦になったのだ。


 また、日本は、アメリカの新型戦艦が46センチ砲を搭載する
ことはないと予測していた。


 46センチ砲を搭載すれば艦幅が30mを超えることになる。
実際「大和」」の艦幅は最大で38・9mだった。ところが、
アメリカの戦艦にはそれだけの幅が許されない事情があったのだ。


 アメリカの戦艦が大西洋から太平洋へ出るには、パナマ運河を
通航する必要がある。そのパナマ運河の幅はおよそ33m、
当然、46センチ砲を搭載する巨大戦艦では、パナマ運河の
通航が難しくなる。


 そのため、日本側は「アメリカの新型戦艦は、40センチ砲を
搭載する」とみていた。そこで40センチ砲の威力を上回る
46センチ砲の戦艦を建造し、アメリカを打ち破ろうとしたのだ。
実際、アメリカの新型戦艦は40センチ砲を建造し、艦幅を33
m以下に抑えていた。


 なお、「大和」の46センチ砲搭載は重要機密事項であり、
一般には40センチ砲搭載と伝えられた。いざ実戦になったときに、
対46センチ砲への防御準備が出来ていない敵方をアッと
いわせる作戦だったが、「大和」が完成した時期には、すでに
艦隊決戦の時代は遠ざかっており、この情報作戦は空振りに
終わっている。