●2 限定された奴隷解放 | ぐーすけとりきのブログ

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 奴隷解放は、一般にリンカーンの業績として、アメリカ国内なら
ず世界各国で最もよく知られたものであろう。1862年9月の
布告で、その理念を高らかに宣言したものこそ、かの有名な「奴隷
解放宣言」である。



 「遠くアフリカから無理やり連れてこられた黒人とその子孫達を
現在の苦境から救う」……多くの人は漠然とこのような内容を
想像しているのではないだろうか。しかし実情は全く異なるので
ある。



 結論を先に言えば、リンカーンは奴隷解放論者ではなかった。
(少なくとも理念としての奴隷解放論者ではなかった)宣言は
冷静な判断に基づく戦略的な一手だったのだ。奴隷身分に対する
憐憫やヒューマニズムに突き動かされてなどと言うものではなか
った。



 事実、奴隷解放宣言は、全ての奴隷をひとしく「解放」したわけ
ではなく、その対象を狙い撃ちのように限定している。それは次の
一文によっても、うかがい知ることができるだろう。



 「1863年1月1日の時点で、反乱状態にある州、あるいは
州内における指定された地域で奴隷とされている全ての者」であ
る。



 これが、解放の対象となる奴隷である。「反乱状態にある州」
「州内における指定された地域」に謳われている「州」とは、
南部連合(南軍)のことで、奴隷解放の恩恵に預かることができる
のは、そこに住む奴隷である、と明確に規定しているのだ。