▼1 昔、人は左側通行だった。なぜ? | ぐーすけとりきのブログ

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 「人は右、車は左」という交通ルールが決められたのは
戦後まもない昭和24年11月1日。それまでは「人は左
車は右」になっていた。これは江戸の昔からの習慣を踏襲
していたのだ。


 その理由は武士のいでたちにある。武士は左の腰に刀を
差して歩く。しかも、右手で刀が抜けるように鞘尻(さやじり)
を外側に向けて柄がなるべく右手近くに来るように差している。


 このスタイルを体験するとわかるが、右の左側を歩かなければ、
自分の鞘尻が対面の武士の鞘尻とぶつかってしまう。


 当時、鞘尻をぶつけるのは、決闘の申し入れとされていた。
「決闘を申し入れられて断ることはこの上ない恥」だったから
、これは大変なことになる。


 刀を差して道の右側を歩くと、あちこちで決闘が続出し
かねない。そのため、自然に左側通行が決まりになっていた
のである。

 明治になっても、左側でとくに不自由がなかったので、その
まま左側通行が続けられていたの。