▽5 氷との出会い・アイスクリームとの出会い | ぐーすけとりきのブログ

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 横浜が開港して間もない頃には、氷が中国やアメリカ本土から
も輸入されていた。その当時は、夏場には氷はめったに手に入ら
外国から運んでも十分に採算がとれた。国内でも、箱館から氷を
運んで売るようになる。

 

江戸時代には、夏に氷が口に入るのは、毎年6月の加賀の前田
家から雪の献上を受ける将軍家など、ごくごく限られた人たちだ
けだった。明治の世になって、夏の氷は一般の人たちの口にも
入るようになっていった。

 

一方、日本人がアイスクリームを知ったのは万延元年(18
60)、咸臨丸でアメリカに渡った使節の一行だ。

 

そして、咸臨丸一行のなかの町田房蔵は、帰国してからアイス
クリームの製造に挑戦し、明治2年(1869)に横浜の馬車
道で「あいすくりん」という名で売り出した。日本人には名前
を知らない人も多く、まるで売れなかったが、翌年、伊勢山皇
大神宮の大祭で売り出して大人気となった。


 マスコミに初めてあらわれたのは、「東京日日新聞(現在の
毎日新聞)」明治19年の紙面で、京橋の菓子屋が広告を出した
ときだった。


 その値段といえば、御進物桶詰器共、1コート50銭、1コッ
プ10銭ほどだった。当時は米が1升で5銭という時代なのだか
ら、相当に高いことがわかる。