「屁の論に泣くもさすが女なりけり」という江戸
川柳がある。男女が何人か集まっている所で
誰かがすかしっ屁をする。
いったいだれがやったのかということになり、
なかの女性が疑いをかけられ、泣き出すさま
を詠んだ句である。
人前で放屁をするのはよくない。とくに女性の
それは、はしたないこととされている。
それは今も昔も同じである。
だが「出もの腫れもの、ところきらわず」という
ことわざもあるように、ときには人前ででてしまう
ことがある。
そこでかつて、それを引き受ける女性がいた。
すなわち、その昔、身分の高い家には、その家
の妻女や娘に付き添って、放屁や過失などを
自分の責めとして負う役の者がいた。
その者のことを「屁負比丘尼(へおいびくに)」、
あるいは「科負比丘尼(とがおいびくに)」といった。
妻女や娘が屁をする。それを屁負比丘尼が自分
がしたようにし、恥かきの代わりをしたわけである。