芦原英幸 極真会館破門の経緯 | ぐーすけとりきのブログ

ぐーすけとりきのブログ

ブログの説明を入力します。

芦原英幸といえば、梶原一騎原作による劇画「空手バカ一代」を

通してあまりにも有名な人である。(「週刊少年マガジン」連載)

この漫画の主人公は極真会館を創設した大山倍達であり、

それまで無名に等しかった大山の名は、在りし日のヒーロー

力道山を凌ぐほどに知れ渡ることになる。

「空手バカ一代」は幼少時代から現在に至るまでの

大山倍達の半生を描ききった段階で、本来ならば完結しているはずだった。

ところが、予想を遥かに超えた人気のため

連載の終了は無期限状態に先延ばしにされた。

大山を描ききった後、次なるスター、

つまり「第二の主人公」として劇画に登場するのが

芦原英幸である。


あまりにも人気が出すぎて

師匠大山倍達にやっかまれて

極真会館を破門にされた、といわれる。

ここらへんのところはダークネスなことが

多すぎて、大山派、芦原派で意見が食い違っているので

とりあえず芦原が極真会館から独立したことだけ確認しておく


大山にやっかまれていた葦原は、破門の前には

四国にいた。

野村町に着の身着のままで流れ着き

警察の道場で空手の師範をしながら

柔道・逮捕術を学んでいた。

25歳の若造が町長や警察署長と

交流を深めながら武術を教えるのはすごいと言っていいだろう。

芦原先生が来てから、街にヤクザもんがいなくなったという。

それから八幡浜に移転し、

松山に総本部を作った


「田舎に行かせたらすこしは黙っているだろう」と思った大山だったが

ネットもない時代に

四国から愛媛から芦原の噂が東京まで次々と届いてくる。

やれ、道場破りをして中小道場を併合した、だとか、

警察でお巡りさん相手に組手をしているとか

高松にある少林寺拳法をまねして支部を増やしているとか…

こりゃいかんと思った大山は、芦原をブラジルに

派遣しようとするが、危険を察知した芦原は

大山に挨拶をして、速攻で松山に帰った。


やっかんだ大山は芦原を永久除名した。


芦原英幸愛媛支部長 永久除名処分さる


愛媛県松山市三番丁八丁目三六〇番地一号

芦原英幸殿


通知書

貴殿は、極真会館の規律をみだし、且つ支部認可条件に

違背する不都合な行為に対する再三の注意を無視し、

情状酌量の余地なしと認められるので、極真会館道則の

定めるところに従い、極真会館愛媛支部長の任を

取り消すとともに、以後、いかなる場所にても

極真カラテを標榜することを禁じ、

極真会館から永久除名する。

この旨通知する。


昭和55年9月8日

財団法人極真奨学会 極真会館

国際空手道連盟

会長        毛利松平

理事長       塩次秀雄

館長        大山倍達

評議委員長    河合大介


この日この時から

芦原は、一人で芦原会館を

取り回さざるを得なくなった。