日本に3度裏切られた人達~山崎豊子「大地の子」を読んで | ぐーすけとりきのブログ

ぐーすけとりきのブログ

ブログの説明を入力します。

もう年齢が年齢だから

最近はめっきり話を聞かなくなったが

中国残留孤児の方の話である。


この方たちは日本に三度裏切られている。


まず最初は。満蒙開拓団で満州に行くくだりである。

広田弘毅内閣は、満州に移住する農民を

市町村単位で募り、移民させていく。

満州に行ったら、豊かな土地がある。

小作人もたくさんいる。大地主になれる、云々。

しかし、実際に現地に行ってみると

木の切り株と岩だらけの未開墾地。

小作などどこにもいなかった。

ぜんぶ、自分たちでやるしかなかった。

これがひとつめ。


つぎは、日ソ不可侵条約を破ってソ連が攻めてくるくだりである。

国境近くにいる人々は

「ソ連が攻めて来ても「無敵関東軍」がいるから大丈夫だ」

と信じていた。

しかし、関東軍はソ連が攻めて来るのを恐れ

国境ちかくの人々が避難し始めると

自分たちが危なくなると思って

国境の人々を置き去りにして

南下撤退を始めたのである。

道路や鉄道の橋とかも

ソ連の南攻のスピードを止めようと

全部、破壊していった。


残された人々は、歩いて南へ向かうしかなかった。

ソ連軍を恐れて女性はみな丸坊主にして

荷物もすくなくなっていき、

幼児やおばあちゃん・おじいちゃんと体力のないものから

脱落していった。

これが2度目のくだりである。


そして最後に、中国に残留を余儀なくされた人々は

中国人の養子としてそだてられることが多かった。

しかし、養子といっても召使、奴隷といったふうに扱われていた

という。

それなりに歳をとって「祖国日本に帰りたい」

とみんな思い始めた。

民間の団体が交渉役として現れ

日本に孤児の方を連れて行っても

日中国正常化はなされているのでと、

(たぶんそうだったと思ったが)

新聞に載せることはおろか

記者会見の手続きもしない

といったのが厚生労働省の態度だった。

それが、新聞ヤニュースに取り上げられるのにほ

5年・10年単位の年月が必要だった。

これが3度目。


山崎さんは、胡耀邦氏から

「中国のことをどんなふうに書いてもかまわない。

悪く書いても構わない。それが真実であるならば」

といわれて、取材ができる喜びとともに

真実の追究という思い荷物をしょった、といわれたそうだ


山崎さんは、「大地の子」の印税収入を

すべて中国残留孤児のための運動に

寄付していたという

なかなかできたことではない

素直にえらいと思う