長渕の歌に「鶴になった父ちゃん」というのがある。
もしも も一度 逢えるならば
父ちゃんに やっぱり 逢いたい
あの日のでっかい 背中にしがみつき
おもいっきり 甘えて みたい
父ちゃん綺麗だなあ
1万5000羽の鶴の群れたちがシベリアから飛んできたよ
父ちゃん綺麗だなあ
雪降る空から今天使のように一勢に舞い降りているよ
俺の父が死んでから、もう何年たつのだろう。
お酒の飲みすぎ、タバコの吸いすぎで
喉頭がん、食道がんになり
医大に入院した。
俺の父の場合は鶴ではなく
雀だった。
雀が何百羽も窓の外を
舞い降りていた。
のどに穴を開け
声帯を取り除き
食道を切除して、
胃を喉まで引っ張りあげた。
12時間もかかる大手術で、
ICUに父を見に行くと
のどと、わき腹と、背中から
メスを入れられた、父が眠ってた。
「どうかよろしくお願いします」というのが精一杯だった。
涙がとまらなかった。
その後、悪いところは取り除いたということで
地元の病院に転院した。
父も、回復のため歩行器を利用して歩く練習などをしていた。
ああ、これで父も家に帰ってくることが出来るだろうなあ。
と親族一同そうおもった。
しかしがんが転移していることがわかった。
食事も口から採ることはできず、
小腸から栄養補給剤を流し込んでおり
食べる楽しみと言うものが、失われていた。
胃を通して物を食べてないので
便は全部、脱糞状態だった。
面会にいって、帰るおりに
「又くるからね、げんきでね」
「わかったらてを握ってね」
というと、手を握り返してくれたのに、
しばらくすると、手を握り返してくれなくなった。
ここで俺は
「父は、心が折れたのか」とおもった。
2~3日後、人工呼吸器でおせわにならなければ
生きていけない状態になり
お医者さんに相談した。
「どっちが苦しまないでおれますか?」
お医者さんはこう言った
「そりゃ人工呼吸器をつけないほうだよ」と
結局、その後
父は眠るように安らかな寝顔で
霊山に旅立っていった。