「不倫という名の暴力」。
そう呼ぶのは少し大げさだろうか?でも、私にはそう思える。


暴力と言えば、
普通は身体的なものを思い浮かべるだろう。
拳を振り上げたり、傷を負わせたりする行為。


でも、不倫もまた別の形で人を傷つける暴力ではないだろうか。


心に与える痛みは、
目に見えない分、深く、長く残る。


私はその痛みを知っている。


不倫をする人は、
相手の感情や信頼を平然と踏みにじる。
けれど、
その瞬間、彼らの中に罪悪感はあるのだろうか。


少なくとも、
私の経験から言えば、それを感じているようには見えなかった。


むしろ、
言い訳を並べたり、自分の行動を正当化したりすることに必死だった。


そして、
私が傷ついていることにすら気づかないふりをしていた。


信頼を壊される感覚は、
言葉で説明しづらいものがある。


毎日のように胸の中に鋭い針を刺されるような感覚。


そして、
その針は、ある日突然抜け落ちるわけではない。


時間とともに少しずつ錆びて、
さらに痛みを増していく。


その痛みを抱えながら日常を送る苦しみは、
どれだけ言葉を尽くしても伝えきれない。


不倫は個人的な裏切りに留まらない。
家族という小さな共同体全体を揺るがす行為。


妻だけではない。
子どもたち、場合によっては友人や親族にも影響を及ぼす。


その波紋は、想像以上に広がる。


そして、何よりもつらいのは、
その行為が「大したことではない」と軽んじられること。


不倫をした本人からすれば、
たかが浮気、たかが遊びなのだろう。


だが、受けた側にとっては、
それが人生を揺るがす暴力になり得る。


不倫という暴力を受けたとき、
その痛みを理解してくれる人は多くない。


だからこそ、
自分で自分を守るしかないのだと思う。


不倫が生む傷は目に見えない。
けれど、
確実に存在する。


そして、
その傷が癒えるかどうかは、周囲ではなく自分自身の選択にかかっている。


私はそれをようやく理解した。