今日は学校をサボり積み宿題を終わらせようと計画していたが本棚にある百田尚樹氏の『大放言』がやけに気になる。自分自身に本を読むことは語学能力の向上、ひいては雑談の引き出しの多さにつながると現実を逃避させ本を開けてしまった。度胸の塊だ。怖気なく物言いする様は僕がなりたい姿そのものだった。深く理解するためにあと2回読み込み、大切なところはここに書き出したいのだが今は追われている身、次の休みの時にしよう。背水の陣をしかれそれでも逃げた僕が手を出したのは斉藤孝氏の『すぐに使える頭のいい人の話し方』だ。まだ一章しか読んでないが、まるでもう頭がいい人になったかのような錯覚を覚える。このままじゃ錯覚して終わりなのでアウトプットして身につけようと思う。まずどういった話し方ができる人だと思われるのか、それは『他人にストレスを感じさせない話し方、心地よさを提供できる話し方である』これは難題だ。僕はここ5年友達を煽って生きてきた。友達が防衛大に落ちれば国を守れなかったと馬鹿にし、妹が不細工だと悩む友達には我が妹の写真を送りつけさらなる絶望の淵にたたした。そんな口を開くたびにストレスを吐き出す輩が頭がいい人に思われたいと思っているのだから滑稽である。ここまでひねくれた人間を更生するには多大な時間がかかるがそれはしょうがない。自分で作った山は自分で乗り越えなくてはならない。考えるだけで気が遠くなりそうだ。話しを戻そう。この著者が思う頭がいい人とはどういった人なのか、それは物事を多面的、俯瞰的に見ることができる人だ。違う言い方をすれば視点移動の提示がわかりやすい人でもある。これ以上詳しく書くと時間が無くなるので今回はやめておこう。そして明日か明後日に第1章のコミュニケーションに関する要約をまとめよう。

 

俯瞰(ふかん):高い所から見下ろすこと。全体を上から見ること。俯瞰の映像は他の映像に比べ、客観的で説明的だとされる。