くさまです。
今朝は、寒い上に雨が降ってきて
ますます気持ちが高ぶりました(笑)
寒さの中での街頭で、6年前の花巻を思い出しました。
ついこの間、岩手の同志、高橋博之県議から電話をもらって
「街頭出るしかない!馬鹿になれ!」と言われました。
高橋さんは36歳。
花巻から東京に出てきて、私と同じ青学を出た後、
中田市長(当事代議士)の秘書になり、その後、
さかい学前衆議院議員
の秘書の時代に当事大学生22歳だった僕と知り合いました。
当事はけっこう軽そうな感じだったんですが、
今思うと、自身の進む道を悩まれていたんだと思います。
よく奥さんに家を追い出されていました。
そんな高橋さんの最初の選挙は真冬の花巻。
僕も単身乗り込みました。
同じ選挙でも、地域によって全然違い
そもそも「街頭演説」なんて誰もしていませんでした。
吹雪の中、人っ子ひとりいない限界集落なみの田舎道を、
視界ゼロの中、窓全開の選挙カーで凍え死にそうになったのを覚えています。
雪が降る中、誰もいない交差点で、辻立ちすること500回。
30超えて花巻に出戻って、高橋さんの地元の友人からは
「何をいまさら」
といわれた選挙。
選挙したことあるスタッフ、大学生の僕だけ、みたいな。
そんな選挙を、トップ当選で勝ち抜けました。
今年は地域政党「いわて」を立ち上げ、
岩手で新たな価値をつくり続けています。
初当選した後のブログで高橋さんが綴った言葉の中に、こんなものがあります↓
「今朝は、西宮野目ファミリーマート前、金婚亭前で街頭演説をやりました。
当選後、よく「せっかく当選したのに、どうして街頭演説を続けているの?」と聞かれることがあります。
理由は2つあります。第一に、初心を忘れないためです。
当選後、有権者の方々から「高橋くん、変わらないでね」とよく言われます。
そのたびに、私に限っては大丈夫だと思っていましたが、当選して一ヶ月、私も危ないなと思いました。というのも、私が変わるのではなく、私を取り巻く周囲の環境が変わっていったからです。
この環境だけに半年、一年と身を置いていたら、自分は勘違いしてしまうかもしれないと思いました。ですから、私はやはり街頭に立ち続けるべきだと思いました。有権者のみなさんの目の前にある街頭は、私の原点です。
1年半年前、志を掲げ、東京から戻ってきてましたが、当初、応援してくれる人が誰もいない、何の後ろ盾もない、そんな中で私は考えました。
よしっ。頼る組織がないのであれば、有権者のみなさん一人ひとりを頼りにしよう。
大きな会社の社長の一票も、野良で働いているおばあさんの一票も、同じ一票ではないか。
そう考え、私は街頭に立ち始めました。しかし、最初は、なかなか活動の趣旨が理解されませんでした。
「うちの近くの交差点で朝から叫んでいる頭のおかしい若い人がいるからやめさせろ」と110番通報されパトカーがきたり、若い人に雪球の標的にされぶつけられたり、いろいろありました。
街頭に立つと、そのことを今でも思い出します。
ですから、初心を忘れないためにも、引き続き街頭に立ち続けていきたいと思います」2005年6月8日
1人で始まった街頭演説もはや5年目。
この人をずっと見てきたからこそ、僕も街頭に立つ意味を、ずっと忘れずいたいと思います。
あ、そうでした。
横浜市がこの夏の猛暑を受けて、市内491小中学校へのクーラーの導入を本格検討はじめました。
教育委員会に届いた、署名を含めた40件の要望が効いたようです。
何も言わなければ、恐らく導入はなかったでしょう。
声を出すこと、ただ単にエゴではなくて、政策の心に届く声を出し続けた方々の努力に敬意を持ちます。
クーラーの導入も、他の政策も、成し遂げるには諦めずやりぬく覚悟が必要です。
「成功するまでやる」
僕が20代を生きるうえで得ることができた一番大切な心構えです。