さっきまでおじさんと過ごしていたホテルの部屋に
お兄ちゃんがいる
僕が子供みたいに泣きじゃくったから、あのままラウンジにはいられなくて
2人に支えられるようにして部屋まで来たんだ
「智、自分のパスポート持ってきたか?」
「ああ」
「さすがに荷物をまとめてきてはないよな」
「持ってきてる。俺と潤の。足りない物は買えばいいから最低限必要な物だけ」
「さすがだな」
おじさんがお兄ちゃんの頭を強めに撫でるから、お兄ちゃんは嫌がって手で払い除けていた
不思議な光景
お兄ちゃんとおじさん
「ちょっと出掛けてくる。2人で適当にルームサービスでもとって昼飯にしてろ」
おじさんはどこに行くかも伝えずに出掛けてしまった
お兄ちゃんと2人、ちょっぴり気まずい
「な…何か食べる?」
「潤は?腹減ってるだろ。どれにする?」
「僕はいいよ。お腹空いてないし」
「…ダメだ。お兄ちゃんが選んでやるから何か食え」
お兄ちゃんと一緒にご飯を食べたけと
頑張り過ぎて具合が悪くなって
ちょっとだけ吐いてしまった
時間が立てば落ち着くと思う
少しベッドで休めば大丈夫
「大丈夫か?まだ吐きそう?」
「…もう吐かない」
「無理やり食わしてごめんな」
「…お兄ちゃんが悪いんじゃないよ。食べれない僕が悪いんだ」
「…痩せすぎだよ、わかるだろ?」
「ごめんなさい」
「まだ謝ることあるよな?」
「…勝手にいなくなってごめんなさい」
「心配した。ニノも翔くんも」
「…本当にごめんなさい」
「でも…会えてよかったよ」
僕に会えてよかったって思ってくれるの?
こんな僕に
何もできなくて迷惑ばかりかけることしかできないのに
なにより
僕はお兄ちゃんを…
「潤、もう離れるのはやめような。何にも心配いらない、俺らはずっと一緒だ」
お兄ちゃんが僕を抱き締めながら言うんだ
夢なんじゃないかな
まだ目が覚めてないのかもしれない
もしこれが夢なら
何を言っても許されるよね
「お兄ちゃんがずっと好きだった」
「うん」
「初めて見た時からだよ。写真でお兄ちゃんを見て、その時からずっとお兄ちゃんに恋してたんだ」
「うん」
「兄弟とかどうでもよかった。だけど、お兄ちゃんはいつか僕から離れちゃうって思ったんだ。だって、僕は弟だから」
「うん」
「だから僕は…僕は、友達を自分で誘惑して、それでお兄ちゃんを…」
言葉が詰まる
自分のしてきたことがあまりにも浅はかで
やっぱり夢の中でも涙って出るんだ
「もういいんだよ。どっちにしても俺はお前から離れられないんだ。お前も俺から離れられない、だろ?」
コクコクと頷くことしかできない
そして、これは夢なんかじゃないんだと自覚する
「今までごめんな。俺も潤を独占したくて、痛い思いや怖い思いをさせたよな」
「そんなの全然平気」
「もうそんな思いさせない。潤も俺の気持ちに不安になる必要はない。わかるな?」
「…いいの?」
「何が?」
「僕、…傍にいていいの?」
「だから、俺らはずっとこれからも一緒なんだよ。離れられないんだ」
やっぱり夢かもしれない
夢なら覚めたくないよ
お兄ちゃんにしがみついて
声を上げて泣いた
部屋の中が薄暗くなって
目が暗闇になれかけた時に
「うわっ、なんだ暗闇で何してる?」
おじさんが帰って来て照明をつけた
一気に眩しくなって目がチカチカする
「話し合いは終わったか?潤はどれだけ泣いたんだよ、目が真っ赤だぞ?」
確かに目が痛い
顔もぐちゃぐちゃだと思う
「話があるから、とりあえず潤は顔を洗ってこい」
「はい」
急いで顔を洗って
おじさんとお兄ちゃんの話の中に途中から混ざる
お兄ちゃんは無言で小さく頷いていた
何の話をしてるんだろう
「潤、兄貴と話してきたから。お前と智を連れて行くことを伝えてきた」
「お父さんに会ってきたの?!」
「勝手に連れ出したら誘拐したと思われるからな。一応、納得してくれたから大丈夫だ」
「…ありがとう」
「それで、急ぎで悪いけど明日には出発したいんだ。俺、意外に忙しいんだわ」
おじさんは仕事があるのに、僕の為にわざわざ日本に戻ってくれたんだ
みんなが僕の為に…
「おじさん、色々ごめんなさい。本当にありがとう」
「…感謝しろよ?お礼はこれからたっぷりしてもらうからな」
「お礼なんて僕にできるかな」
「できるさ。まずは俺と一緒に風呂に入って…」
「…やめろ」
お兄ちゃんの低い声が響いた
おじさんは楽しそうに笑っていて
また、お兄ちゃんの頭をガシガシ擦る
なんだか落ち着く雰囲気だ
こんな感じで、3人穏やかに暮らしていけるのなら嬉しい
新しい未来が見えた気がした
翌日、お兄ちゃんが用意してくれていた荷物を持ってホテルの駐車場へ向かう
おじさんが荷物を車に積んでたから、お兄ちゃんが僕の荷物を持っておじさんの元へ急いだ
僕も後を追いかけてると、聞き覚えのある声がして振り返る
「潤くん」
「二宮さん?」
目の前に二宮さんがいた
どうしてここにいるのかわからないけど
たくさん迷惑を掛けたから謝らないといけない
二宮さんが僕に向かって歩いてきたから
荷物を置いて頭を下げる
「潤くん、大野さんと行くんだね」
「…はい。色々心配掛けたり迷惑掛けて本当にすみませんでした」
「幸せになれそう?」
「…なりたいと思う」
「本当に幸せになるつもり?」
「…はい」
顔を上げると背中がゾクっとした
二宮さんが見たことのない冷たい表情で僕を見てたから
怖くなって後ろに下がる
「なんかさ、俺、勘違いしてたみたいだね。大野さんから話を聞いてびっくりしたよ」
「お兄ちゃんから?」
「うん、昨日大野さんが連絡してくれて、全部聞いたよ」
「…そうなんだ」
「潤くんを救いたかったんだよ、マジで。だけど…その必要なかったね」
「…ごめんなさい」
「…うちの弟、利用したの?」
言葉が出ない
心臓が痛い
「弟が死んだのって、潤くんのせいなんじゃん」
答えられなくて
苦しくて逃げたくて
二宮さんを無視してお兄ちゃんとおじさんの元へ行こうと振り返ったのに
足が前に進めない
二宮さんが僕の腕を掴んでる
「幸せになるなんて許さない」
通るような二宮さんの声が耳元に響く
僕の視界にはお兄ちゃんとおじさん
2人とも、こっちを見て驚いてる
「潤!!」
僕の名前を2人が叫んでる
必死な顔をしてこっちに向かって…
幸せになろうなんてやっぱり無理
僕にはそんな資格はない
背中の痛みを感じた時、ポタポタと落ちる赤い雫が地面を濡らす
お兄ちゃんが僕を抱えてくれたのがわかって、安心したと同時に意識が遠退いてく
幸せになる資格がないはずだけど
僕は今、お兄ちゃんの腕の中で
とても幸せなんだ
だから
もういいよ
このままお兄ちゃんの腕に抱かれて
眠らせて