「私以外 私じゃないの」という昔の言葉がある。
誰だったか忘れたけど、どこかのゲスの言葉だ。
この「私以外 私じゃないの」という言葉が脳裏をよぎる時、「自分」ってのはなんなんだろうと考える。
憧れの人を見ると、その人のようになりたいと思う。
逆にこういう人になりたくないなと思っても、そういう風になれたら楽かなと思う。
街で一瞬すれ違うだけの人に、自分のもしもの世界を考えることがある。
同年代の同性だけに限ったことではなく、老若男女すべての人に。
あの人はどんな人なんだろうから始まり、自分がもしあの人だったら、と。
そんなことを考えると、ふと自分だけが自分じゃない錯覚に落ちる。
ずっと昔から自分が分からなかった。
だから、すれ違う人に、遠くの家の明かりに、映画や本などの物語の中に自分を探してきた。
でも数年前から日記を書くようになって、思いのほか自分が近くにいることに気付いた。
その日の出来事や感想、反省点などを書いていくと、ずっと他人のように思っていた自分が少しずつ自分だと思えるようになってきた。
だから日記をやっていて良かったと心から言える。
でも、
どうしても定期的に「日記めんどくせー」という時期がやってくる。
「キリがよくなったら(今年が終わったら)やめてやる!」と思いながらその時期を乗り越え、年末になると結局「まあもう一年やるか」と。
来年の日記としてSeriaで368ページノートを買ってきた。
今年のダイソーで買った日記帳よりも1日分のスペースが2~3倍あるからだいぶ面倒そう。
でも頑張る。
頑張ったその先には、
とくに何もない。
ただの日記だから。
でも何かあるとしたら、
それはきっと、
ダイ。
日記なだけに、
ダイありー。
締め方が分からなかったので、投稿前から後悔が見えるオチで終わります。