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余命一ヶ月の母~人生で一番大切な一ヶ月の記録~

母が闘病の末、余命一カ月を宣告されました。
母の生きた記録を残しておこうと思います。

お久しぶりのブログになってしまい、申し訳ございません。


平成24年10月28日(日)60歳で私の母が、この世を去りました。

余命一ヶ月と宣告されて1週間と少しだけしか経っていなかったのですが、

希望むなしく逝ってしまいました。

亡くなってから、お葬式の事でとても忙しく、
やっと落ち着いた時間を取れることができました。




毎日病室に行くたびに変わり果てた姿になっていく母を見るのが辛かったです。

何も食べれないの看護婦さんに「バナナ食べる!」といって、一口食べて、
具合悪くなってしまったり、

モルヒネを使う様になって幻覚や錯覚が見えたり、
「蝶が飛んでる~」など訴えており、心が痛みました。

それでも必死に生きている母を見て私の方が勇気をもらうことが多かったです。


10月27日に病院に行ってみると容態が悪化しており、とても苦しそうに息をしており、

10月28日には病院の先生にメモを渡され、
読んでみると母の今後の経過が書いてありました。


「10月28日-10月29日の夜の間 死亡」


近すぎる母の死の宣告に耐えられず、その場で泣き崩れてしまいました。


10月28日にの午前中は苦しそうにしている母の意識が朦朧とする中、

母に「大好きだよ!」って言ったら「大好き」って返してくれたんです。

もうろれつが回らなく何を言ってるのか分からない状態でしたが、

はっきり「大好き」って言ってくれたんです。

その後も、母は何か同じ言葉ををずっと叫んでおり、
私には「愛してる」しか聞こえなかった。

苦しそうな母を見兼ねて私は先生を呼びました。

モルヒネを上げて、母は苦しむことがなくなり、

眠るようにどんどん脈が遅くなり、10月28日16時5分にこの世を去りました。

意識がないように見えても耳はしっかり聞こえてるということを知り、

最後の最後まで母に声をかけました。



母に伝えたいことを全部伝えられたこと。

母の最期も看取れたこと。

ここだけは、後悔がなかったです。



約15年間ガンと闘ってきて、苦しい所も沢山見てきたので、

今生涯を終えて、世界で一番の母であり、尊敬している女性として

この言葉を伝えたいです。





お疲れ様。

弱音も吐かず、よく頑張ったね。

もう痛い思いしなくていいんだよ、

ゆっくり休んでね。

何年後、何十年後になるか分からないけど、

私達も行くから待っててね。

お母さんは私の誇りです。



私の事を産んでくれて、

育ててくれて ありがとう