大学の先輩であるイラストレーターの寺本愛さんの「FREE PALESTINE」ステッカーを、Artbar星男で私が立っているとき(日曜日のバータイム)に販売しています。
売上は全額パレスチナ支援として寄付させて頂きます。
もし良かったら。
SNSでこういったことや、「署名しました」「デモ参加しました」「抗議メールを送りました」などシェアすると、当然ビックリされてしまう…のもわかるのですが、私はこの状況について上に書いたように、何もしなくても、何かしていても辛いのです。
だったら、何もしない状況よりは幾分かマシなんじゃないかと、できるときに、できることをやっていきます。
ただ、私がこのような経緯を辿ってきたように、忙しいとき、余裕がないとき、なかなか何が起こっているかを調べるのも億劫だったり、不幸なニュースを受け付けないというのは誰にでもあります。
私も実際にそうです。
そういった話題を生活する上でノイズのように感じてしまうことも、心の反応としてあります。
なので、私の思いとしては、まずそれぞれの心を守って欲しいです。
私もSNSで自分の行動をシェアはしますが、悲惨な状況の写真や動画などのシェアは控え、乱暴な言葉や、他人を責めることはしたくないと、個人的には思っています。
(だからと言って、そういった状況をシェアしている方を責める意図はまったくないです🙏)
…と、前置きが大変長くなってしまったのですが、4年前、私が活動3周年のときに発行いたしました写真集『ぜいたくな時間』の最後に掲載したエッセイ全文をこちらに載せます。
写真集をご購入くださった皆さま、あらためて本当にありがとうございました!
完売からしばらく経っていることもあり、こちらに載せさせて頂きます🙏
文中で名言してはいないのですが、私が13歳の夏(の終わり)に起こったできごとはアメリカでの9.11同時多発テロ事件です。
どの国の人も、私たちも、なるべく平和に、穏やかに過ごせることを願っています。
それまでは割と本気で、世界平和というものがいつかは訪れると信じていたし、自分が生きているうちには無理でも、子どもの世代、孫の世代と進むにつれて、争いは無くなっていくと思っていた。
でも「そんなこと無いんだろうな」と、13歳の私は居間で流れるテレビニュースを横目に、絶望してしまった。
仮に、世界から「戦争」と名のつく争いが無くなったとしても、人間どうしが地球という同じスペースで生活している限り、いさかいやトラブルは無くならないだろう。
そして、バチバチ睨み合うような関係だけではなくて、世界のそこかしこに「戦争」と名のつかない悲劇は起こり続けるだろう。
いじめだったり、病だったり、孤独だったり、小さな差別だったり。
そこでは弱い立場の人間が、声を誰かに届かせることなく消えていくこともあるだろう。
私は過去、紛れもなく弱い立場の人間だったし、今だってきっと弱い立場の人間だ。それでも生きて行かなきゃいけない。なぜなら、この世に生を受けたから。
生きて行くのであれば、辛く苦しい思いばかりではなくて、なるべく楽に生きたい。息がしやすい世界を生きていたい。
私が三年間続けたこの活動は、世界にとっては取るに足らなくて、及ぼした影響なんて計測することも出来ないようなものだろう。それでも、私の呼吸は確実に楽になってきている。少しでも続けた結果かも知れないし、色々な人が蝶のようにはばたいて、停滞した空気をかき混ぜてきたお陰かも知れない。すべては影響し合っていると感じるから、想像を巡らせて感謝していたい。
そう考えると、坊主ストリッパーのはばたきが誰かの呼吸を楽にすることもあるのだろうか。
そんな欲張った考えがちらつく。
* * *
「世界から争いが無くなることはない」のかも知れないけれど、私は私の平和を作ることに必死になって、この三年間を走ってきました。走りながら、見落としてしまったもの、変わってきてしまったものもあると思います。これを読んでくれている貴方と、長く並走できたら良いのですが、お互いに軌道が変わってしまうこともあるでしょう。
それでも私は、自分のペースで、ずっと走っていくと思います。またタイミングが合ったら一緒に走りましょう。色んな話をして、色んな景色を共有しましょう。
その時間が貴方にとっても私にとっても、平和で、ぜいたくなものであります様に。
私のからだは濾過装置です。
私のなかの「怒りのようなもの」を、貴方と私の「ぜいたくな時間」に変えていくための。