最近の自分の、素朴な疑問シリーズ。
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【その2】 自然な素材の味 ≠ おいしい?
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先日の、古橋君からのエントリでも
触れられていたテーマですね。
低温殺菌牛乳もそうですし
野菜なんかでもそう感じることがあります。

有機や自然栽培の野菜を食べたとき
もちろんそれらの中でもつくり方にもよるんだと思いますけど
味がさっぱりしている、というか
味が素朴すぎて、ちょっと物足りなく感じてしまうことがあったり・・・
魚でもそうですね。
TVでやってたのを見たことがありますが
天然の魚より、養殖の魚の方を
「おいしい」と感じることは、十分ありうるわけでして。

ということは
自然な素材の味=おいしい、ということでは必ずしもないということ?
ただ、こうも思います。
素材の味が分からなければ
料理されたものの味も分からないんだろうなって。
確かに、
なんでもかんでも、自然で、素材の生きた味がおいしいとは
自分も思いません。
そこで止まってしまったら、
「料理」の意味は?
ということにもなってしまいかねませんものね。
素材の味を生かしながらも
煮たり、蒸したり、炒めたり、その上、味付けをしたりして
より「おいしい」ものを追求する調理・料理の文化は
人類の偉大な知恵のひとつだと思います。
でもそれも
素材の味が分かればこそ
という面もあるのだと思うのです。
原点が分かるから、そこからの距離感が分かる。
基準があるから、そことの差が分かる。
先日、ある酒蔵をお訪ねした際
こうすすめられました。
「こどもの離乳食のために、だしを取りなさい」と。
いまの日本人には、味覚の基準がない。
その基準になるのは、日々食べる家庭の食事だ。
人の味覚は、9歳までに決まる。
だからそれまでに、ちゃんとした味を体験させた方がいい。と。
通じる部分がありますよね。
生乳の風味が分かるから
高温殺菌され、タンパク質が焦げて出てくるミルク臭も分かる。
そのミルク臭自体、自分なんかは、大好きなんですけど
それでも例えば、ミルクティを飲むときは
紅茶の香りを楽しむため、
やっぱり低温殺菌牛乳の方がいいな、とかっていうことが
きっとあるんだと思うんですよね。
だから、こどもに何を食べさせるか、となったら
やはり、味の濃いもの、調理料の味が強いもの、ではなく
自然で素材の味が生きたものにしたいな、と。
(つづく)
↑と書いて、こちらも1週間。
つづきを書きたいと思います。
この1週間での、わが家の大きな変化として
牛乳がついに、低温殺菌牛乳になりました(笑)

そして、こどもは大人より味覚が敏感なのでしょうか。
昨日、うちの1歳10ヶ月になる娘
今までになかったくらい、牛乳をグビグビ、いってました (^~^)/
今朝は今朝で、先日、南部のパン教室で自分が成形し、焼いた
原料:小麦粉、食塩、水。以上!なパン

バキバキ、むしゃむしゃ、食べてくれてましたしね。

いや、ほんとなんです。
考えにくいくらいの量(バゲット3分の1くらい?)を
つかんで、はしから食べてましたから。
自分もちょっと驚きました。
こうして生乳の味、小麦粉の味
小さいうちに分かってくれたなら
この先、牛乳を使ったデザートや、加工パンなど
きっと自分以上に味わってくれるんだろうなと思うと
これから、すごく楽しみです。
最後にもうひとつ、珈琲豆についても
似たようなことが言えるように思います。

いま、世は「苦みばしった」深煎りコーヒー全盛の時代ですが
深く煎ってしまうと、
豆の個性が出にくいとも言われます。
おいしい、おいしくない、とは別の視点として。
われわれ自身もまだまだですが
珈琲豆の向こうにも、いろんな文化やストーリーがあるわけですよね。
その土地のストーリー
生産者のストーリー
流通のストーリー
もちろん、美しい話ばかりでなく。
そうした背景とともに、珈琲を味わおうと思うならば
やはり浅煎りをおすすめしたいと思うんです。
同じ豆の品種でも
生産地が違うと、どのように味に変化が生まれるのか。
いや、そもそもそれが感じ取れるものなのか。
いつかお店でも、そんな企画やれたらと思いますね。
ということで、
確かに、自然な素材の味=おいしい とは
単純には言えないけれど
自分の味覚を高めたければ
本当においしいものを、おいしいと感じられるようになりたければ
自然な素材の味に触れること
やはり大事なのではないかと思います。という話。
さあ今日も家に帰って、低温殺菌牛乳、飲むことにします。
35歳という年齢が手遅れでないことを祈りつつ・・・