学童指導員籐子、時々たびする古代史家

学童指導員籐子、時々たびする古代史家

レアキャラのBBAの冒険家です。主に秘境神社をめぐってます。ほぼ好奇心のみで突き進んでいます。
日常の雑感をちょいちょい書きます。
学童保育の指導員です。
サブアカで雑貨屋始めました。アウトドアキャリアは50年以上。



ささて、神話における因幡の白兎。

隠岐の島からワニをだまして鳥取に渡ったという。

これを検証してみよう。

 

まず、ワニといわれるのは、サメであったというのが定説で、なぜならワニは隠岐の島にいないから。

 

しかし、近年なんとワニの骨が隠岐の島から発掘されたというニュースが。。。。

これは、神話を裏付ける大発見かと思いきや、年代が2000万年前とのこと。

2000万年前じゃあ、ワニはいてもウサギがおらん。

そもそもいくら神でも大国主がおらん。

 ちなみにうさぎの先祖のパレオラグスという絶滅古代種がヨーロッパにいたらしいけど、日本ではみつかってないですね。


で、この説は却下である。

 

ワニ=サメだった場合、

サメの大きいのは13~14メートル、隠岐の島から出雲までは約72キロなので、5142頭のサメを並べれば可能である。

ウサギの時速はダッシュの時は80キロなので、全速力を出し続けることができるならば小一時間で出雲に到達する。

すごいね、船でも4時間かかるのに、ウサギおそるべし。

普通速度でも時速40キロだそうだから、2時間あれば渡れてしまう。

 

でも5000頭のサメは無理だろう?

20頭ずつくらいぐるぐる回りながら渡したのだろうか?

 

ここで面白い話が出てきた。

弥生海退という。

 

縄文時代は海面が上がって、波打ち際が地上に浸水した、これが縄文改進。

弥生時代は逆転現象があり、海岸線が下がって、陸地が増えたという、これが弥生海退というのだそうだ。

もしかして隠岐の島と出雲がぎりぎり地続きになって、ウサギが渡れたりしたんじゃないか?

とおもって、海図をめっちゃ探したら、弥生海退は2メートルくらいだが、隠岐の島と出雲の間は浅くても海深が20メートルくらいある。

それじゃぁウサギがいくら大きくても足がつかないし、泳ぐことも無理だろう。

 

でも地続きになるくらい浅いことも事実。きっと氷河期には続いていたんじゃないかな?



 

その頃にウサギは出雲にわたっていたんだろうか?

しかしさらなる問題が。

 

それは隠岐の島のウサギは独自進化を遂げていて、隠岐ウサギとなり、

因幡の白兎とは種が違う。

 



確かに白兎は「白」ではなく「素」ウサギをシロと呼んでいるので、毛並みが白かったかどうかはわからないのだが、そこんとこはどうなんだろう?

 

というわけで、「はたしてウサギは隠岐海峡を渡ったのかの謎」は

研究持越しとなったのであった。

正式参拝は、神楽もつくし、個人個人の名前も読んでもらえて、さらに大社の境内に入れる、そりゃあいいもので、お時間あればお勧めいたします。

お札は桐の箱入りで、ありがたいけどかさばる。


も一度境内をぐるり、写メとりつつまわる、

うさぎがいっぱいおる。

出雲大社のお使いは海蛇ではなかったかしら?

うさぎではなかったはず。


うさぎマップ、
こんなにおる。










かわいいから、許す。
お腹空いたー。
出雲そばをいただこう。



空港行きのバスまで、あと1時間。

直行便が1日1本ある。便利。

うろうろ買い物。



あ、塩屋さんで塩をもらわなくちゃ。

バタ電の駅でお土産をかいつつ、新しい鳥居をみにいく。




二年前は工事中だったものなあ、良くできました。

バスは混み混み、
補助席使って40分、

また来るよ、出雲。