『初恋のきた道(The Road Home~我的父親母親~)』は、1999年に『紅いコーリャン』と『菊豆』を撮ったチャン・イーモウ(張芸謀)監督がパオ・シー(鮑十)の同名小説を映像化した作品です。

本作はベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞しております。

 

師範学校を卒業したものの教職以外の仕事に就いているスン・ホンレイ(役名:ルオ・ユーシェン)は、父親の訃報を受けて久し振りに都会から村に戻って来ます。

年老いた母親チャオ・ユエリン(役名:老年期のチャオ・ディ)は、嘗て存在した村の伝統に従い、夫の魂が家に帰る道を忘れない様に棺を遠い村まで徒歩で運ぶことを主張します。

過疎の村では現実的ではない母の主張に対し、スン・ホンレイは車で運ぶことに同意を促しますが、意に介さない母親はスン・ホンレイに棺を蓋う布を織る為に壊れた機織り機を修理することも依頼します。

スン・ホンレイは家にあった若き両親の写真を見ながら、村に語り継がれる2人のなりそめを思い出します(以下回想:青字)。

彼の父親チョン・ハオ(役名:ルオ・チャンユー)が、村に新しく作られる学校の教師として村にやって来ます。

すぐに、チャン・ツィイー(役名:チャオ・ディ)は彼に夢中になり、学校建設作業中の村人達に女性達が作る昼食と梁を覆う赤い布を織ることに専心するチャン・ツィイー(役名:チャオ・ディ)は、家から離れているにも拘わらず学校に近い井戸で水を汲むようになります。

やがて彼女の気持ちに気付いたチョン・ハオも、強く彼女に惹かれ始めます。

しかし、2人の交歓の日々は反右派運動の調査と尋問の為にチョン・ハオが召還されたことにより中断を余儀なくされます。

傷付いたチャン・ツィイーは、雪の中で彼を待つことを決意し、その姿に気付いた村人達は思い詰めた彼女が死んでしまうのではないかと心配します。

チャン・ツィイーが寝込んでいるとの知らせを聞いたチョン・ハオは密かに村に戻ると、彼女は涙を流しながら愛する人の姿を見つめます。

しかし、無断でチョン・ハオが村に戻った罰として村との行き来を禁じられたことから、2人は2年間会うことが叶わなくなってしまいます。
回想により母の想いが呼び起こされたスン・ホンレイは、棺を村に担ぎ帰るというこの儀式が年老いたチャオ・ユエリンにとってどれほど重要であるかを理解し、母の願いを叶えるために必要なあらゆる手段を講じることを決意します。

スン・ホンレイは村長から、村には有能な若者が殆ど残っていない為に棺を運ぶ十分な担ぎ手を手配するのは難しく、外部の者を手配すれば四千元はかかるであろうと言われます。

間髪入れずスン・ホンレイは村長に五千元を手渡し、棺を運ぶ人達の手配を依頼します。

しかし、行列が出発すると、遠くから村に戻って来た100人の教え子達が交互に父親の棺を担ぎだします。

村長が渡そうとしても報酬を受け取らない教え子達により、棺はチャン・ツィイーが何日も吹雪の中チョン・ハオを待ち続けた想い出の道を通ります。

都会に戻る日の朝、スン・ホンレイは父親と母親の夢を叶える為、建て替えられる両親の想い出の校舎で、父親が自作した文章(※1)で授業を行います。

 

撮影時19歳のチャン・ツィイーの銀幕デビュー作である本作は、’人生の恋愛’が初恋であり、自由恋愛が一般的ではなかった頃の中国の山村で、成就した初恋が終生添い遂げるに至るという、現代でも稀有と考えられる恋愛が、チャン・イーモウ監督による極上の映像美で紡がれております。

極めて限られた瞬間の朝日や夕暮れの自然光や、忍耐強く撮影されたありのままの四季の木々が彩る風景や雪煙を観ていると、黒澤明監督作品に通じる映像作家性を自分は感じてしまいます。

現在をモノクロ映像で描き、過去である母親の恋愛譚をカラー映像で描く本作は、視覚的なカメラ表現が圧巻な本作品ですが、恋するチャン・ツィイーの淡いけれども情熱的な感情を顕すかの様な着衣の赤(朱・ピンク)も、効果的にスクリーンを彩っていると思います。

そして、チャン・ツィイーがチョン・ハオに惹かれた最大の理由が、教室から村々に響かせるチョン・ハオの朗読の声であることは、詩情溢れる映像に加え、印象的なサン・パオの音楽と共に観客の聴覚を刺戟する演出効果ではないかと考えます(※2)。

ラストでスン・ホンレイが両親の永遠の恋愛を讃えるかのように、父が遺した文章を想い出の校舎で朗誦するシーンが観終わった後も心に鳴り響く、チャン・イーモウ監督が心の中の’絶対的故郷’(※3)を描いた作品としてこれからも観続けて行きたい映画です。

 

(※1)「礼儀正しく、温かい気持ちを忘れず、人、世に生まれたら志あるべし。書を読み、字を習い、見識を広める。字を書き、計算ができること。どんなことも筆記すること。今と昔を知り、天と地を知る。四季は春夏秋冬、天地は東西南北。どんな出来事も心にとどめよ」太田直子・水野衛子(字幕翻訳)「初恋のきた道」(Bunkamura、2000年、パンフレット、PP19)

 

(※2)本作では、チャン・ツィイーがスン・ホンレイの為に作る料理(葱油餅〈ねぎ餅〉、磨茹水餃〈きのこ餃子〉)も観客の五感を刺戟する様な気がします。

 

(※3)久世光彦「初恋のきた道」(Bunkamura、2000年、パンフレット、PP10~11)

 

§『初恋のきた道』

チャオ・ユエリン、スン・ホンレイ↑

チャン・ツィイとチョン・ハオの写真(左端にスン・ホンレイの幼少期の写真がある)↑

チャン・ツィイー↑

チャン・ツィイー(梁に巻く赤い布を織る)↑

チョン・ハオと生徒達↑

チャン・ツィイー↑

チャン・ツィイー(チョン・ハオから貰った髪留めを付ける)↑

荒れていた学校を清掃し終日佇むチャン・ツィイー(梁の中央部に彼女が織った赤い布が巻かれている)↑

チャン・ツィイー↑

チャン・ツィイー↑

チャン・ツィイー↑

 

オーバーラップ映像(チャン・ツィイーとチャオ・ユエリン)↑

パンフレット↑