数多くの有名ミュージカル映画を監督したジョージ・シドニー(※1)が1956年に撮ったコロンビア社の『愛情物語(The Eddy Duchin Story)』は、1930年代から1940年代にかけて活動した実在のピアニスト・エディ・デューチンの生涯を描いたミュージカル・バイオグラフィーになります。

 

1920年代、薬学部を卒業した若きタイロン・パワー(役名:エディ・デューチン)は、マンハッタンの名門’セントラル・パーク・カジノ’で、バンド・リーダーをしているラリー・キーティング(役名:レオ・ライスマン)から、ピアニストとして雇ってもらえるとの以前の口約束を鵜吞みにしてニューヨークに旅立ちます。

しかし、ラリー・キーティングの楽屋を尋ねると、ニューヨークに来訪した折には自分を訪ねる様にと言われただけだったことを悟り、タイロン・パワーは肩を落とします。

楽屋を後にしたタイロン・パワーは、ステージ上のピアノ演奏を見事に演奏し、観客や関係者の心を惹きつけます。

とりわけ、裕福な社交界の華・キム・ノヴァク(役名:マージョリー・オールリックス)は、彼のピアノ演奏に魅了されてしまいます。

彼女はタイロン・パワーのピアノ演奏のみならず、次第に彼自身にも関心を抱くようになります。

タイロン・パワーは、キム・ノヴァクの裕福な叔父叔母夫妻の邸宅で催されたパーティーに招待されますが、自分が高名な演奏家としてではなく無報酬のピアノ弾きとして呼ばれたことを知ると失望してしまいます。

一方、やがて興行主・ジェームズ・ホイットモア(役名:ルー・シャーウッド)とバンドリーダー・ラリー・キーティングに認められた彼は、’セントラル・パーク・カジノ’のバンド・リーダー兼ピアニストの仕事を得ることになります。

両親をニューヨークに招待したタイロン・パワーは、両親にキム・ノヴァクを紹介したその場で、婚約を誓い合います。

しかし、2人の倖せの日々は長く続かず、出産直後にキム・ノヴァクはこの世を去ってしまいます。

打ちひしがれたタイロン・パワーは、音楽に没入することで辛い出来事を忘れようと、幼子・ピーターを叔父・叔母夫妻に預け、興行主・ジェームズ・ホイットモアと共に世界中を周ります。

5年後、演奏旅行からニューヨークに戻ったタイロン・パワーは、ミッキー・マガ(役名:ピーター・デューチン〈5歳〉)と初めて対面します。

やがて第2次世界大戦が始まると、タイロン・パワーはアメリカ海軍に志願入隊し、戦艦に乗船します。

戦争中、上官の勧めでタイロン・パワーは戦友の為にピアノを演奏し、フィリピンの少年と簡易的な連弾演奏をしたことで息子への想いが覚醒します。

戦後、説得されたタイロン・パワーは息子を訪ね、息子の家庭教師・ヴィクトリア・ショウ(役名:チキータ)という名のイギリス女性と出会います。

当初、ぎこちなかった父子関係とヴィクトリア・ショウとの関係は、時の経過と共に打ち解けます。

或る日、タイロン・パワーは息子・レックス・トンプソン(役名:ピーター・デューチン〈12歳〉)がピアノを習っていた事実を驚きと喜びと共に知ります。

復活を遂げたダイロン・パワーは、ウォルドルフ・アストリア・ホテルの名門ボールルームの復活公演で、’アクアレラ・ド・ブラジル’等のヒット曲を次々と演奏し、彼と楽団は万雷の拍手喝采で迎えられます。

しかし、復活演奏中の左手に突如として異変が生じてしまったことにより、タイロン・パワーはピアノを離れざるを得なくなります。

彼の異変に気付いたのは数人のミュージシャンと興行主だけでしたが、タイロン・パワーは突然の出来事に打ちひしがれてしまいます。

ニューヨーク病院に入院したタイロン・パワーは、不治の疾患であり彼の余命が1年であることが診断されます。

病院でヴィクトリア・ショウはタイロン・パワーに付き添い、2人は互いに慰め合うと共にそれまで心に秘めていた想いを確認し合います。

ヴィクトリア・ショウと結婚したタイロン・パワーは、レックス・トンプソンに自分の病気を打ち明けることを躊躇いますが、最終的に全てを打ち明けます。

タイロン・パワーはレックス・トンプソンと2台のピアノで’To Love Again(ショパン夜想曲第2番作品9‐2)’を演奏すると、成長した息子の演奏にタイロン・パワーに微笑む彼の左手に異変が生じます。

 

本作は、白血病により41歳で世を去った人気ピアニスト兼バンド・リーダー・エディ・デューチンの生涯を基に、2人の女性と息子の愛情を描いたミュージカル・バイオグラフィーとして多くの映画ファンの記憶に刻まれているのではないかと考えます。

ピアノの手ほどきを受ける程エディ・デユーチンと親交のあったジョージ・シドニー監督は、レオ・カッチャーによるエディ・デユーチンの伝記を映画化する為に、敢えてMGM社を辞したとされております。

昭和のゴールデンタイムで放映される度に鑑賞した映画ですが、此の度本作を観て思ったことは、脚色部分(フィクション)とカーメン・キャバレロのピアノ演奏を織り込みながら、息子を軸として2人の女性との恋愛が肌理細やかに紡がれていることです。

ミッキー・マガとレックス・トンプソンが演じる息子が、キム・ノヴァクの忘れ形見であるが故に距離を抱かせる存在から、家庭教師・ヴィクトリア・ショウへの想いを繋ぐ鎹(かすがい)へと移ろう流れの中で、長く横たわり続けた父子の溝が埋まる過程が’夜想曲’の旋律と共に叙情的に描かれます。

『ドーシー兄弟物語』(監督:アルフレッド・E・グリーン 1947)、『グレン・ミラー物語』(監督:アンソニー・マン 1954)、『五つの銅貨』(監督:メルヴィル・シェイヴルソン 1959)、『ベニー・グッドマン物語』(監督:ヴァレンタイン・デイヴィ―ス 1956)等の、演奏者をバンド・リーダーとするミュージカル・バイオグラフィーの流れを汲むこの映画では、バンド・リーダーのエディ・デューチンがピアニストであることから、デューク・エリントン楽団、アール・ハインズ楽団、カウント・ベイシー楽団、クロード・ソーンヒル楽団、スタン・ケントン楽団を連想します。

'My Twilight Dream'、’To Love Again’として演奏される’フレデリック・ショパンの’夜想曲第2番変ホ長調Op.9-2(Nocturne in E Flat)’以外の楽曲の多くは、同時代のスイング・バンド同様、ボールルーム・ダンスに相応しい数々のスタンダード・チューンになります(※2)。

アルフレッド・ヒッチコック監督の『めまい』(1958)でミステリアスで妖艶な人物2役を演じたキム・ノヴァクが、本作では対局とも言える快活で社交的なキャラクターでタイロン・パワーの前に現れ、彼を公私に支えます。

長い蟠(わだかま)りの時を超えて紡がれるタイロン・パワーとレックス・トンプソンの旋律に涙するヴィクトリア・ショウの映像が幻想的なエピローグへと転換する、タイロン・パワーの巧みな指遣いとジョージ・シドニー監督の演出が心に刻まれる音楽伝記映画として、これからも観続けて行きたい作品です。

 

(※1)『世紀の女王』(1944)、『錨を上げて』(1945)、『アニーよ銃をとれ』(1950)、『ショウ・ボート』(1951)、『キス・ミー・ケイト』(1953)、『バイ・バイ・バーディ』(1963)、『ラスベガス万歳』(1964)、『心を繋ぐ6ペンス』(1967)等。

 

(※2)'Manhattan'、'Gee, Baby, I Ain't Too Good to You'、'Shine'、'I Can't Give You Anything But Love, Baby'、'Bésame Mucho'、'Love Walked In'、'Whispering'、etc.

 

§『愛情物語』

タイロン・パワー、キム・ノヴァク↑

タイロン・パワー、キム・ノヴァク↑

タイロン・パワー、キム・ノヴァク(フランス映画を連想させるロケ映像)↑

タイロン・パワー、キム・ノヴァク↑

ヴィクトリア・ショウ、ミッキー・マガ、タイロン・パワー↑

戦地の少年と連弾するタイロン・パワー↑

ヴィクトリア・ショウ、レックス・トンプソン、タイロン・パワー↑

ヴィクトリア・ショウ、タイロン・パワー↑

レックス・トンプソン、タイロン・パワー、ヴィクトリア・ショウ↑

レックス・トンプソン、ヴィクトリア・ショウ↑