仏・西独合作でヴィム・ヴェンダース監督で製作されカンヌ国際映画祭監督賞を受賞した『ベルリン・天使の詩(Der Himmel über Berlin)』は、東西ベルリンに壁が存在していた1987年に製作されております(鑑賞館:TOHOシネマズ新宿 Screen 9 ~於:午前十時の映画祭 2024/5/27~)。

 

ベルリンの壁によって分断されたベルリンでは、ブルーノ・ガンツ(役名:天使ダミエル )とオットー・ザンダー(役名:天使カシエル )という2人の天使が、人間には見られず、声も聞かれずに街とベルリン市民を見守っています。

彼等は、救急車に乗って病院へ向かう妊婦、紅灯街の道路脇に立つ女性、妻に裏切られたと感じている傷心の男性等、街の人々を無言で見つめ、彼等の声に耳を傾けています。

オットー・ザンダーは太古の昔より自分達を、現実を’蒐集’、’証明’、’保存’する存在であると理解しています。

 彼等は「平和の叙事詩」を夢見る老人クルト・ボイス(役名:ホーマー)と出会います。

オットー・ザンダーは、かつてポツダム広場だった空き地を歩く老人の姿を追い、落書きで覆われた東西分断の壁を見つめます。

あくまでもブルーノ・ガンツとオットー・ザンダーは純粋な魂を持つ子供達にしか見えない観察者であり、物理的には地上世界の人々との交信は叶いません。

その様な或る日、ブルーノ・ガンツは背中に羽を付けたソルヴェーグ・ドマルタン(役名:マリオン)という孤独なサーカスの空中ブランコ乗りに惹かれ始めます。

彼女は西ベルリンのサーカス・キャラバンの中で一人暮らしをしていましたが、団長から財政難によるサーカス解散の知らせを聞かされます。

失意の彼女は、ライブハウスで’クライム&ザ・シティ・ソリューション’の音楽に一人で踊り、街を彷徨います。

一方、アメリカ俳優のピーター・フォーク(本人役)は、ナチス政権時代の映画撮影の為に西ベルリンに到着します。

無限に続く現実世界と自分達の存在に疑問を抱き始めたブルーノ・ガンツは、限りある人間存在とその真実性に憧憬を抱き始めます。

彼は夢の中でソルヴェーグ・ドマルタンに逢い、彼の存在を感じたピーター・フォークが人間の人生の欣びについて語ることに驚きます。

かつてピーター・フォークは天使でしたが、不死を放棄して常に観察するだけの存在から抜け出しています。

不死を放棄したはブルーノ・ガンツは、初めて血を流し、色を認識し、食べ物と珈琲を味わいます。

一方、オットー・ザンダーは、ビルから飛び降りようとする若者の心に寄り添いますが、結果的に青年を救えなかったことに対し苦悩します。

オットー・ザンダーの存在を感じたピーター・フォークは、彼に手を差し伸べますが、オットー・ザンダーは従いません。

ブルーノ・ガンツは’ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズ’の演奏中にバーで空中ブランコ乗りのソルヴェーグ・ドマルタンに逢い、彼女に対し真剣で完全な気分にさせてくれる愛を遂に見つけたと話します。

翌日、ブルーノ・ガンツはソルヴェーグ・ドマルタンと過ごした時間が如何に自分の心を動かし、未体験の知識を与えてくれたかについて思いを巡らせます。

 

本作は、ベルリンの象徴とも言える’戦勝記念塔(Siegessäule) ’等、ベルリンの街のいたるところに存在する天使像や意匠にインスパイアされたヴィム・ヴェンダース監督が、パウル・クレーの天使のイメージを基にベルリンの天使達を描いたロマンチック・ファンタジー作品になります。

この映画の天使は、人の心を読むことが出来ながらも大人の目には見えない不老不死の存在として描かれており、定命者である人間が観るカラー映像に対し、色の見えない天使の視点はモノクロで映し出されております。

ライナー・マリア・リルケとペーター・ハントケの詩(”Lied vom Kindsein”)が織り込まれるこの映画では、多くの人間が集う分断された都市の中で孤立する人々と、彼等を見守る天使達の姿が登場します。

この映画で幾度も語られる他と隔絶された孤独を意味する’アインザムカイト(Einsamkeit)’という言葉(※1)は、東西ベルリンを分断していた壁の映像(※2)と共に、ベルリンやそこに住む人々のみならず天使達の心も表している様にも思えます。

太古の昔からベルリンを見守る天使は、定命者である人間が始点と終点を有する線状の存在であるのに対し、人間を単方向に見守る点状の存在として描かれます。

その意味で、ソルヴェーグ・ドマルタンに惹かれたブルーノ・ガンツが滑らかな石を手にしたモノクロ映像が、カラー映像のソルヴェーグ・ドマルタンの背中へと移り変わる一連のシークエンスには心が動かされます。

人間の隔絶を天使と人間の視線で描いたヴィム・ヴェンダース監督の映像芸術として、末永く観続けて行きたい映画です。

 

(※1)本作に登場する’アインザムカイト(Einsamkeit)’の意味するところは、英語表現に於ける積極的な孤立を意味する’Solitude’ とは異なる、消極的孤立の’Lonliness’や隔絶を表わす’Isolation’に近いのではないかと思われます。

 

(※2)本作が撮影された1987年の2年後に崩壊されるベルリンの壁の映像で象徴的に思うことは、東側の緩衝地域を歩くブルーノ・ガンツの姿です。

亡命者が射殺されたとされる無味乾燥な汚れなき白壁と緩衝地帯の映像は、雑多な原色を用いて落書きされた西側の壁との対照的な映像にある種の象徴性を感じます。

 

§『ベルリン・天使の詩』

 

ブルーノ・ガンツ↑

ブルーノ・ガンツを見る子供達↑

ブルーノ・ガンツ↑

オットー・ザンダー↑

ソルヴェーグ・ドマルタン↑

クルト・ボイス、オットー・ザンダー↑

ブルーノ・ガンツ↑

ピーター・フォーク↑

ソルヴェーグ・ドマルタン↑

青年を救おうとするオットー・ザンダー(左)↑