サミュエル・ベンシェトリが2015年に監督したカンヌ国際映画祭特別招待作品の『アスファルト(Asphalte)』は、ストックホルム映画祭国際批評家連盟賞を受賞した映画です。

 

アパートのエレベーターが故障したことで住民達は修理費を負担する取り決めをしますが、2階に住むギュスタヴ・ケルヴェン(役名:シュテルンコヴィッツ)はエレベーターを利用しないことを理由に修理費の支払いを拒否します。

それによって、ギュスタヴ・ケルヴェンはエレベーターを使わないことで負担金を免除されますが、その直後に患った脳疾患で車椅子が必要な生活になってしまいます。

ギュスタヴ・ケルヴェンは、誰にも見られないように深夜こっそりエレベーターを使い、病院の自動販売機でスナック菓子を買いに出かけます。

しかし、夜勤の看護士・ヴァレリア・ブルーニ=テデスキに見つかると、彼は咄嗟に自分のことをロケハン中のカメラマンだと嘘をついてしまいます。

ヴァレリア・ブルーニ=テデスキに一目惚れしたギュスタヴ・ケルヴェンは、毎夜車椅子で病院に行くようになりますが、ヴァレリア・ブルーニ=テデスキは彼に写真を見せるようにせがみます。

テレビの画像をポラロイド・カメラで撮った写真をヴァレリア・ブルーニ=テデスキに見せたギュスタヴ・ケルヴェンは、彼女の写真を撮らせて欲しいと頼み、翌日の撮影を約束します。

撮影を約束した夜、病院に行こうと部屋を出たギュスタヴ・ケルヴェンは、故障したエレベーターに閉じ込められてしまいます。

苦労の末車椅子から立ち上がり、エレベーターから脱出したギュスタヴ・ケルヴェンは、長い時間をかけて翌朝やっとのことで病院に辿り着きます。

約束を反故にされたヴァレリア・ブルーニ=テデスキが夜勤を終えて帰宅しようとすると、待ち構えていたギュスタヴ・ケルヴェンは、彼女に自分は写真家ではないことを告白します。

不在がちの母親と暮らす10 代の青年ジュール・ベンシェトリ(役名:チャーリー)は、ほとんどの時間を一人で過ごしています。

或る日、ジュール・ベンシェトリの隣部屋に、女優のイザベル・ユペール(役名:ジーン・マイヤー)が引っ越して来ます。

以前は映画等に出演していたイザベル・ユペールでしたが、仕事が無くなった今では彼女の表情からはかつての生気は失なわれています。

宇宙飛行士マイケル・ピット(役名:ジョン・マッケンジー)を乗せた帰還カプセルが、何かの手違いでアパートの屋上に不時着します。

マイケル・ピットは、アパートの最上階に住むアルジェリア系移民のタサディット・マンディ(役名:マダム・ハミダ)に電話を貸してくれるように身振り手振りで頼みます。

NASAに電話をしたマイケル・ピットは、異常事態を隠蔽したいNASAから、迎えが来る迄2日間タサディット・マンディの家で隠れている様に命令されます。

フランス語でNASAから説明を受けた人の好いタサディット・マンディは、マイケル・ピットを息子の様に接し、刑務所に居る息子の大事な服を貸し与えて自慢のクスクスを御馳走します。

言葉の通じない2人は、母と息子の様な仲睦まじい2日間を過ごします。

 

ミヒャエル・ハネケ監督の『ピアニスト』(2001)、『愛、アムール』(2012)で強い個性を放ったイザベル・ユペールが出演する本作品は、3つの独立したエピソードが並行して進むオムニバス形式の映画です。

空を覆うアスファルト色の雲と不気味に鳴り響く金属の軋(きし)み音以外は、本作の3つのエピソードを繋ぐものは、舞台となったフランスの寂れた郊外の団地とタイムラインだけの様に思います。

サミュエル・ベンシェトリ監督が3つのエピソードで現わそうとしたテーマや主題を、自分は理解しているとは言い難いのですが、過去の栄光や虚勢に対する鏡の様な無垢や献身、言語や国籍を超えた汎世界的(宇宙的)な愛情等のコントラストを伴ったパーツが組み合うことで、鑑賞者の心に夫々の印象が構築される作品なのかも知れません。

ユーモラスなシーンが多い映画の中で印象に残るのは、ギュスタヴ・ケルヴェンが自動販売機で菓子を買えないシーン、言葉の通じないマイケル・ピットとタサディット・マンディが身振りや共通単語だけで心を通わせるシークエンス、テレビ画像をギュスタヴ・ケルヴェンがポラロイド・カメラで撮るシーン、宇宙服を着たマイケル・ピットが背負っている粗末な器具、イザベル・ユぺールが開かないドアに困っていることを知ったジュール・ベンシェトリが階下の友人を呼ぶシーンや故障した機械を蹴って直すシーン等です。

あと、この映画のアスファルトの空に覆われた郊外の団地を観ていると、20世紀のアナログ世界に迷い込んだかの様な印象を受けます。

それは、ギュスタヴ・ケルヴェンのが手にしているのはデジタルではなくポラロイド・カメラで、GPSで位置探索をしないNASAは固定電話でマイケル・ピットに外の景色を報告させ、ジュール・ベンシェトリがイザベル・ユペールが出演した映画をVHSビデオで観ること等です(※)。

ジャック・タチ監督のオムニバス色の強い映画『ぼくの伯父さん』(1958)や『プレイタイム』(1967)を観た時に感じた、独特の間を伴うユーモアがこの映画にも存在している様に思える、哀歓と奥行を感じる21世紀のフレンチ・コメディとして好きな映画です。

 

(※)映画に登場するエレベーターやテレビや自動販売機といった機械類が不具合を繰り返すことも、ノスタルジック(反未来的)な雰囲気を醸し出している様に思います。 

 

§『アスファルト(Asphalte)』

アスファルト色の空の下で自転車を走らせるジュール・ベンシェトリ↑

ギュスタヴ・ケルヴェン↑

自動販売機から商品が落ちてこないことに絶望するギュスタヴ・ケルヴェン↑

ジュール・ベンシェトリ、イザベル・ユぺール↑

アパートの屋上に降り立ったマイケル・ピット↑

タサディット・マンディ、マイケル・ピット↑

ジュール・ベンシェトリ、イザベル・ユぺール(過去の出演映画をVHSビデオで観る)↑

北アフリカ料理のクスクスを食すマイケル・ピットとタサディット・マンディ↑

「皇帝ネロ」の台本を読むイザベル・ユぺール↑

ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ、ジュール・ベンシェトリ↑

マイケル・ピット↑