『陽のあたる場所』(1951)、『シェーン』(1953 )のジョージ・スティーヴンス監督が1936年に撮った『有頂天時代(Swing Time)』は、ジンジャー・ロジャースとフレッド・アステアの名ダンス・コンビによる作品で、アカデミー賞最優秀オリジナル曲賞に輝く「今宵の君は(The Way You Look Tonight)」を筆頭にジェローム・カーンの名曲が全編に流れることでも強く記憶に残る作品ではないかと考えます。

 

フレッド・アステア(役名:ジョン・ラッキー・ガーネット)はベティ・ファーネス(役名:マーガレット・ワトソン)と婚約中のギャンブラー兼ダンサーです。

彼の引退に不満を抱く一座の面々は、裾が折りこまれていないズボンは有り得ないと口裏を合わせることで、彼の結婚を阻止しようと企てます。

ヴィクター・ムーア(役名:ポップ・カーデッティ)は、裾折りを依頼したフレッド・アステアのズボンの裾を穿けないようにしてしまいます。

仕立て屋が通常は裾折りなどしないタイプのズボンの修正を断ると、ヴィクター・ムーアは裾が縫われたままのズボンを持って戻ります。

フレッド・アステアがやっとのことで結婚式会場に向けて出発すると、一座の面々は彼が結婚しないことに賭けます。

待てど暮らせど花婿が来ないことで出席者が帰ってしまった会場に着いたフレッド・アステアは、ベティ・ファーネス(役名:マーガレット)の父親に自分は200ドルの収入があると言って結婚破棄を思い留まらせます。

立腹したベティ・ファーネスの父親は、フレッド・アステアに2万5千ドル貯まる迄は結婚は許可しないと言い出したことから、フレッド・アステアは再びニューヨークに向かいます。

そして彼は、ふとしたことからダンス学校教師ジンジャー・ロジャースと知り合いになったことから、素人の振りをして彼女に弟子入りします。

踊れない振りをするフレッド・アステアとのレッスン(楽曲:「Pick Yourself Up」)の後、ジンジャー・ロジャースは彼に「無駄使いはよしなさい」と言いますが、それを聞いた彼女の上司のエリック・ブローア(役名:ゴードン)は彼女を解雇してしまいます。

それを聞いたフレッド・アステアは、ジンジャー・ロジャースが彼にダンスを教えてくれたことを証明する為に、ジンジャー・ロジャースと踊ります。

2人のダンスを見たエリック・ブローアは、ジンジャー・ロジャースの解雇を取り止め、ナイトクラブのオーディションをアレンジします。

フレッド・アステアとニューヨークに同行したヴィクター・ムーアは、ジンジャー・ロジャースとダンス教室の同僚ヘレン・ブロデリック(役名:メイベル・アンダーソン)が住むホテルにチェック・インしますが、フレッド・アステアはオーディションのタキシードを手に入れることが出来ません。

結局、2人はオーディションに落ちてしまい、ジンジャー・ロジャースはフレッド・アステアに対する不満が噴出します。

ヘレン・ブロデリックの仲介が奏功し、ジンジャー・ロジャースは再度オーディションを受けることを決意します。

ナイトクラブで2人が踊ろうとすると、ジンジャー・ロジャースに想いを寄せるバンド・リーダーのジョージ・メタクサ(役名:リカルド・ロメロ)が、時間外の演奏を拒否します。

ジョン・ハリントン(役名:レイモンド)との賭けでバンドとの契約を失ったクラブオーナーは、ジョージ・メタクサに演奏を強制することは出来ません。

ジョージ・メタクサに演奏をさせたいフレッド・アステアは、ジョン・ハリントンとバンドの権利を賭けて勝負し、ジョン・ハリントンのイカサマを見抜いたヴィクター・ムーアのお陰でバンドの権利を手にし、ジンジャー・ロジャースを踊ります。

次第に恋心の芽生えた2人ですが、フレッド・アステアはジンジャー・ロジャースにベティ・ファーネスのことを話すことが出来ません。

 

個人的に感慨深いのはジンジャー・ロジャースが婚約者の存在を知る件の前後の演技で、後にストレートな演技中心の映画や舞台で活躍する彼女の役者としての伎倆に魅了されてしまいます。

本作品を観て驚くのは、デュエット・ダンスが手を合わせながら踊るソーシャルなワルツ・ダンス(楽曲「Waltz in Swing Time」)でありながら、タップで踊るところが凄いと思うのですが、驚くべきはその2人のタップの音がシンクロしていることです。

タップ・ダンスの性格上スカートを持ち上げて踊る振りがあることから、男女の振りが異なるにも拘らず、2人のタップ音が同じというのは、素人の自分には信じられない達人技を観ている感じがします。

あと、フレッド・アステアが自身の別撮りのシルエットと踊るシーンの素晴らしさ(※1)も凄さと優雅さの共存に唖然としてしまいます。

ジンジャー・ロジャースは「ジンジャー・ロジャース自伝」(訳:渡瀬ひとみ、キネマ旬報社、1994年)の中で、ラスト・ナンバーの「Never Gonna Dance」で、深夜迄重ねた48テイクに及ぶ撮影により足の皮が剥けて血だらけで踊ったことや、シャンプー・ヘアの撮影シーンで試行錯誤の末にホイップクリームを使ったこと等、苦労の多かった撮影の一端を告白しております。

コメディ・タッチの作品ですので、フレッド・アステアの婚約者もハッピーとなる幸せなエンディングになるところも愉しい、スタンダード曲が全編を彩る(※2)愛して止まないミュージカル映画の一つです。

 

(※1)ダンス映像をシルエットにして重ね合せた、本人とシルエットのダンスがシンクロする映像なのですが、途中からシルエットの動きと違う踊りに変るというサプライズが愉しめます。

 

(※2)上記記載の有名楽曲の他に「A Fine Romance」、そして名タップ・ダンサーのビル・'ボージャングル'・ロビンソンに捧げた「Bojangles of Harlem」も彩を添えます。

 

(注:この文章は2018年6月掲載の文章に粗筋を加え、大幅変更・加筆した差替えです)

 

§『有頂天時代』

フレッド・アステア、ベティ・ファーネス↑

ヴィクター・ムーア、フレッド・アステア↑

ジンジャー・ロジャース↑

ジンジャー・ロジャース、フレッド・アステア↑

ヘレン・ブロデリック、ヴィクター・ムーア(策越えダンスのオマージュ・コメディ)↑

ジョージ・メタクサ、ジンジャー・ロジャース、フレッド・アステア↑

ジンジャー・ロジャース、フレッド・アステア↑

ジンジャー・ロジャース、フレッド・アステア↑

フレッド・アステア(ラインダンスで右端に位置)↑

フレッド・アステア(ダンスのシルエットが後方に映し出される)↑

フレッド・アステア(ダンスのシルエットとシンクロしなくなる)↑

フレッド・アステア、ジンジャー・ロジャース(ドレスと左手が固定されている)↑

高速旋回するジンジャー・ロジャース、フレッド・アステア↑

「A Fine Romance」を歌うフレッド・アステア、「The Way You Look Tonight」を歌うジンジャー・ロジャース(同時に別の曲を歌うシーン)↑

 

§「The Way You Look Tonight(器楽演奏私的愛聴盤)」

【左】「Jim Hall Live!」1975年6月のトロントのライブ盤。

翌年、同じメンバー〈Don Thompson(b)、Terry Clark(ds)〉で来日した彼等のパフォーマンスを、札幌市民会館で聴くことが出来ました。

【右】「The Tatum Solo Masterpieces」

ジャズ・ピアノの天才アート・テイタムが1954年4月にヴァーヴ・レーベルに遺したピアノ・ソロ集(Vol.6に収録)。