ヴィクター・シェルツィンゲル監督が1941年に撮ったニューオリンズを舞台にした『ブルースの誕生(Birth of the Blues)』は、ジャズ・クラリネット奏者を演じるビング・クロスビーが、ジャズ・トロンボーン奏者兼ボーカリストの巨星ジャック・ティ―ガ―デンと共演する音楽映画です。

 

ニューオリンズに住むビング・クロスビー(役名:ジェフ・ランバート)は、子供の頃にアカデミックな指導を受けたクラリネットの名手です。

ビング・クロスビーの夢は、12歳の頃からバーボン・ストリートで繰り広げられる即興演奏を主体とするニューオリンズ・ジャズ・クラリネット奏者として生計を立てることです。

しかしながら、室内楽やダンス音楽とは異なる音楽を演奏する彼等は、ニューオリンズの高級クラブやホテルのレストランでは受け入れて貰えません。

トロンボーン奏者のジャック・ティーガ―デン(役名:ペッパー)が、ビング・クロスビーにバンドが受け入れられない理由を尋ねると、ビング・クロスビーはグループに魅力的なトランペット奏者が欠けているからだと答えます。

優れたトランペット奏者を求めてニューオーリンズ中を探していると、ビング・クロスビーは刑務所に収監されているブライアン・ドンレヴィ(役名:メンフィス)を見付け、集めた保釈金で彼をバンドに加入させます。

或る時、ビング・クロスビーはメアリー・マーチン(役名:ベティ・ルー・コッブ)が馬車の運転手から過大な請求を受けている場面に出くわします。

ビング・クロスビーは手許不如意になった彼女と親戚のキャロリン・リー(役名:フィービー・コッブ)を憐れみ、彼女達に寝床を提供します。

メアリー・マーチンに惹かれたブライアン・ドンレヴィは、J・キャロル・ナッシュ(役名:ブラッキー)が経営するクラブにメアリー・マーチンの歌手の仕事を紹介します。

オーディションに合格したメアリー・マーチンは、ビング・クロスビーのバンドを伴奏にすることを条件にしますが、難色を示しながらもJ・キャロル・ナッシュはしぶしぶ同意します。

トランペット奏者ブライアン・ドンレヴィを得たビング・クロスビーのバンドは、バーボン・ストリートで人気のジャズ バンドになります。

しかし、クラブ・オーナーのJ・キャロル・ナッシュが実は悪質なギャングであることが判明します。

ビング・クロスビー達はJ・キャロル・ナッシュのクラブを辞めて、ホテルのレストランで演奏することに決めましたが、その計画をJ・キャロル・ナッシュに話すと、彼等はビング・クロスビー達に命の保証はないと脅迫します。

ビング・クロスビーはJ・キャロル・ナッシュに一撃を加えますが、それが契機となって酒場でギャング達とビング・クロスビー達との間で乱闘になり、ビング・クロスビーの親友エディ・“ロチェスター”・アンダーソン(役名:ルーイ)が頭に重傷を負います。

意識を失ったエディ・“ロチェスター”・アンダーソンを、ビング・クロスビーは彼の妻ルビー・エルジー(役名:ルビー)の居る家に連れて帰ります。

彼女が夫の怪我を涙ながらに嘆く中、ビング・クロスビーとバンドが戦友に捧げる音楽を奏でると、エディ・“ロチェスター”・アンダーソンは意識を取り戻します。

 

ビング・クロスビーのブルースとバラード歌唱を堪能出来るこの作品は、渡辺貞夫(as,fl)がミュージシャンになるきっかけとなった映画であることと(※1)、ジャック・ティ―ガ―デンのパフォーマンスが観られることで、音楽好きには見逃せない映画ではないかと考えます。

この映画では、「マイ・メランコリー・ベイビー(My Melancholy Baby)」、「セントルイス・ブルース(St. Louis Blues)」、ジャック・ティ―ガ―デンによる「セント・ジェームズ病院(St. James Infirmary)」、「タイガー・ラグ(Tiger Rag)」、「シャイン(Shine)」等の有名スタンダード曲が彩を添えます。

あと、4曲で素晴らしいパフォーマンスを披露するメアリー・マーチンは、ブロードウエイ・ミュージカル「南太平洋」(配役:ネリー)、「ピーターパン」(配役:ピーター・パン)、「サウンド・オブ・ミュージック」(配役:マリア)のオリジナル・キャストを演じており、その全作品でトニー賞を受賞しております(※2)。

映画中、メンバーを集める流れで、トランぺッターのブライアン・ドンレヴィが出所してバンドに加わる展開を観ると、自分はジョン・ランディス監督の『ブルース・ブラザース』(1980)を連想してしまいます。

この映画では、クラリネット、トロンボーン、トランペットが奏でる3菅の即興アンサンブルを特徴とするニューオリンズ・ジャズが、ミシシッピー河を北上してシカゴで至るジャズ史をバラエティ色豊かに綴って行きます。

アフロ・アメリカンによって齎(もたら)されたジャズを、禁酒法下のシカゴでエディ・コンドン(g)を中心とするアングロ・サクソン系ミュージシャン達が、ソリストをフューチャーしたり、『五つの銅貨』(監督:メルヴィル・シェイヴル 1959)でダニー・ケイが演じたレッド・ニコルス(cor.)とファイブ・ぺニーズがニューオリンズ・スタイルにアレンジを導入する流れに繋がることで、ビッグ・バンドを主体とするスイング・ジャズの隆盛(※3)へと向かう展開を想像してしまいます。

ビング・クロスビー演じるの少年時代のジェフ・ランバートが奏でるスケール練習が、ブルーノートを用いたジャズ・ブルース演奏へと変わるシーンに、若き日の渡辺貞夫が反応したのではないかと想像する、アメリカ音楽映画の重要作として好きな作品です。

 

(※1)渡辺貞夫の著書「ぼく自身のためのジャズ」(日本図書センター、2011年)の中で、バークリー音楽院時代の恩師ハーブ・ポメロイ(tp)も『ブルースの誕生』がミュージシャンを志すきっかけであったことが書かれています。

 

(※2)メアリー・マーチンは『夜も昼も』(監督:マイケル・カーチス 1946)で、ケイリー・グラント演じるコール・ポーターのオーデションで「My Heart Belongs to Daddy」を歌っております。

 

(※3)『グレン・ミラー物語』(監督:アンソニー・マン 1954)では、レッド・ニコルスのバンド・メンバーだったグレン・ミラーがビッグ・バンドに独自のバンド・サウンドを生み出すべくアレンジに腐心する姿が描かれており、『ベニイ・グッドマン物語』(監督:ヴァレンタイン・デイヴィス 1956)では、ビッグ・バンド・ジャズの祖・フレッチャー・ヘンダーソンの譜面を使って成功する姿が描かれております。

 

§『ブルースの誕生』

ビング・クロスビー(右)、ジャック・ティ―ガ―デン(中央)↑

拘留中のブライアン・ドンレヴィが吹くトランペットに合わせて演奏するバンドの面々↑

メアリー・マーチン、キャロリン・リー、ビング・クロスビー↑

スクリーンの絵に合わせて歌うビング・クロスビー↑

ブライアン・ドンレヴィ、メアリー・マーチン↑

メアリー・マーチン、ビング・クロスビー↑

ビング・クロスビー、キャロリン・リー↑

ビング・クロスビー、メアリー・マーチン、ジャック・ティ―ガ―デン↑

ビング・クロスビー、メアリー・マーチン、ジャック・ティ―ガ―デン↑

デューク・エリントン(映画の最後に流れる短い動画)↑

ルイ・アームストロング(同上)↑

トミー・ドーシー(同上)↑

ジミー・ドーシー(同上)↑

ベニー・グッドマン(同上)↑

ポール・ホワイトマン(同上)↑

 

§「ジャック・ティ―ガ―デン(私的愛聴盤)」

「King of The Blues Trombone」~歴史的名演の数々が愉しめます。

「At Town Hall (本邦では’タウン・ホール・コンサート’として様々なフォーマットで発売)」(1947年5月17日)&「Satchmo At Symphony Hall」(1947年11月30日)~1947年にルイ・アームストロングと共演した歴史的名盤で聴かせるジャック・ティ―ガ―デンの至極のパフォーマンスに聴き惚れます。

 

§「渡辺貞夫(私的愛聴盤)」

【左上】「チャーリー・パーカーに捧ぐ」(1969年3月15日)~唇が不調の日野皓正(tp)のパートを奪い取るが如き鬼気迫る「オー・プリヴァーヴ」の凄演に声を失います。

【右上】「スイス・エア」(1975年7月18日)~モントルー・ジャズ・フェステイバルで燃焼する「ウェイ」の渡辺貞夫と本田竹広のアドリブは聴く度に亢奮します。

【左下】「渡辺貞夫リサイタル」(1976年10月19日)~芸術祭大賞を受賞した公演のライブ盤。

翌年、札幌でほぼ同じメンバー(渡辺貞夫、本田竹広〈p〉、渡辺香津美〈g〉、福村博〈tb〉、岡田勉〈b〉、守新治〈ds〉)で収録曲を聴くことが出来ました。

【右下】「Hunt Up Wind」(1978年6月25日)~トロンボーン奏者福村博のリーダー作。

レジェンダリ―なチャック・レイニー(b)、コーネル・デュプリー(g)、ハービー・メイソン(ds)のグルーブに乗って歌いに歌う福村博と渡辺貞夫のソロ(就中表題曲)には魅せられます。