ビリー・ワイルダー監督が1944年に撮った『深夜の告白(Double Indemnity)』は、ジェームズ・M・ケインの小説「倍額保険」を映像化したサスペンスです。

脚本を担当したレイモンド・チャンドラーは、映画の序盤に廊下の椅子腰かけて雑誌を読む男性としてカメオ出演しております。

 

1938年の或る深夜、損害保険会社勤務のフレッド・マクマレーは銃撃による傷に苦しみながらロサンゼルスのダウンタウンのオフィスに戻り、損害査定部門の課長エドワード・G・ロビンソン(役名:バートン・キーズ)と上司に向けて録音機で口述筆記を始めます(以下口述筆記による回想)。

1年前、フレッド・マクマレイはトム・パワーズ(役名:Mr.ディートリクスン)に自動車保険の更改手続きの督促を、不在の彼に代わり妻であるバーバラ・スタンウィック(役名:フィリス・ディートリクスン)に行います。

バーバラ・スタンウィックに惹かれたフレッド・マクマレイは、彼女が夫を被保険者とする傷害保険に関する質問を始めたことから、彼女が夫の殺人を考えていることを察知します。

その異常さから、彼女の計画に関わらない様にしていたはずのフレッド・マクマレイでしたが、彼女との愛情の深みに嵌まってしまったことから、鉄道事故倍額補償(Double Indemnity)条項を目論んだ殺害計画を立て始めます。

自動車保険の更改の書類と偽って、傷害保険の加入書類に署名させることに成功した2人は、トム・パワーズ殺害計画を実行します。

足の骨折により、予定の列車で同窓会に出席出来なくなりそうになりながらも、何とか松葉杖で出かける医師の許可を得たトム・パワーズはバーバラ・スタンウィックの運転する車で駅に向います。

後部座席に隠れていたフレッド・マクマレイは、殺害したトム・パワーズと入れ替わって松葉杖を姿で列車に乗り込みます。

列車の後部デッキに向かったフレッド・マクマレイは、予期せぬジャクソン: ポーター・ホール(役名:証人ジャクソン)の存在に戸惑いますが、彼が座席に忘れた煙草を取りに行ってくれたタイミングを見計らって、計画していた場所で列車から飛び降ります。

線路沿いの車中で待っていたバーバラ・スタンウィックと落ち合った2人は、トム・パワーズの遺体を線路の上に寝かせます。

事故を知った損害保険会社の社長・リチャード・ゲインズ(役名:ノートン)は、免責事由である飛び降り自殺であると主張しますが、査定部門のエドワード・G・ロビンソンは統計的見地からその考えを一蹴します。

しかし、エドワード・G・ロビンソンは、骨折にも拘わらずトム・パワーズが傷害保険金の請求をしていないことに疑問を抱きます。

エドワード・G・ロビンソンは、バーバラ・スタンウィックが保険金不正給付目的で夫の殺害を共犯者に手伝わせたに違いないと結論付けますが、その証拠が得られていません。

社長のリチャード・ゲインズは、トム・パワーズに傷害保険の加入意志が無かったものと推測したことから、死亡保険金の支払いを拒否します。

被害者の娘・ジーン・ヘザー(役名:ローラ・ディートリクスン)は、フレッド・マクマレイに、継母・バーバラ・スタンウィックが父親の死だけでなく、彼女が看護師だった時に亡くなった母親の不審死にも関わっているとの心に仕舞っていた思いを吐き出します。

フレッド・マクマレイは、ジーン・ヘザーが警察に彼女の疑惑を打ち明けようとすることを阻止しようと努めながらも、バーバラ・スタンウィックがジーン・ヘザーを襲うことを懸念します。

やがて、エドワード・G・ロビンソンは、列車に乗っていた男は死んだ男より若かったと語るジャクソン: ポーター・ホール(役名:証人ジャクソン)を連れて来ます。

フレッド・マクマレイは保険会社がバーバラ・スタンウィックを疑っていることを告げ、保険金支払いが成されないことを訴えることは却って身の危険が及びかねないことを諭します。

暫くすると、ジーン・ヘザーはフレッド・マクマレーに、ボーイフレンドのバイロン・バー(役名:ニーノ・ザケッティ)が陰でバーバラ・スタンウィックを訪ねていることを教えます。

フレッド・マクマレイはバーバラ・スタンウィックに会い、彼女とバイロン・バーの関係を問い質します。

 

『失われた週末』(1945)の前年に製作されたビリー・ワイルダー監督の初期のキャリアを飾る本作は、アルフレッド・ヒッチコック監督作品に通じるサスペンス映像が冴えるフィルム・ノワールの逸品ではないかと考えます。

この映画は、『失われた週末』等で用いられる、ビリー・ワイルダー監督作品に特徴的な回想シーン(※1)から始まります。

『大平原』(監督:セシル・B・デミル 1939)や『タイタニックの最後』(監督:ジーン・ネグレスコ 1953)のバーバラ・スタンウィックが妖艶なファム・ファタールとして、『アパートの鍵貸します』(監督:ビリー・ワイルダー 1960)でシャーリー・マクレーンを苦しめる部長を演じたフレッド・マクマレイと共謀し、殺人による保険金詐欺を企てます。

レイモンド・チャンドラーの脚本とビリー・ワイルダー監督の緻密な演出は、弛緩することの無いサスペンスの糸をラスト迄張りつめることに成功している様に思います。

轢死現場に停めたバーバラ・スタンウィックの車のエンジンがかからないシーン(※2)や、誰も居ないはずの後部デッキにポーター・ホールが居る展開には、アルフレッド・ヒッチコック監督の『見知らぬ乗客』(1951)でロバート・ウォーカーが側溝にライターを落とすシーンや、『サイコ』(1960)でアンソニー・ホプキンスが証拠隠滅しようとした車が沼に沈まないシーンが醸し出す、「ヴィラン目線」のサスペンスを感じます。

先般この作品を観て個人的に感じたことは、ビリー・ワイルダー監督により奥行を感じるコントラストで人物が描かれていることです。

それは、バーバラ・スタンウィックの妖艶な誘惑に引き込まれ、保険者の同僚であるエドワード・G・ロビンソン(※3)と袂を分かつフレッド・マクマレイの転落や、義母を疑うジーン・ヘザーのイノセント性に惹かれることで、バーバラ・スタンウィックの呪縛から逃れようともがくフレッド・マクマレイの姿等です。

『失われた週末』で陰翳のあるモノクロ映像を撮ったジョン・F・サイツのカメラが、ビリー・ワイルダー監督の演出を隈なく捉えた映像作品として、これからも観続けていきたい作品です。

 

(※1)和田誠・山田宏一「たかが映画じゃないか」、文藝春秋、1978年、pp104

 

(※2)脚本に無かったこのシーンは、撮影現場で起きたアクシデントに発想を得たビリー・ワイルダー監督による即興的演出とのことです。

 

(※3)ヘイデン・エレーラの「フリーダ・カーロ ー生涯と芸術―」(翻訳:野田 隆 ・有馬 郁子 、晶文社、1988年)の中で、エドワード・G・ロビンソンがフリーダ・カーロの絵を最初に買った熱心なフリーダ・カーロ・コレクターであったことが、川本三郎の著書(「クレジットタイトルは最後まで」、中央公論社、1996年、pp.81)で紹介されております。

 

§『深夜の告白』

フレッド・マクマレイ↑

バーバラ・スタンウィックの脚↑

フレッド・マクマレイ(バーバラ・スタンウィックの脚を見る)↑

フレッド・マクマレイ、バーバラ・スタンウィック↑

バーバラ・スタンウィック、フレッド・マクマレイ↑

ジーン・ヘザー↑

フレッド・マクマレイ、トム・パワーズ、バーバラ・スタンウィック、ジーン・ヘザー↑

バーバラ・スタンウィック(扉に隠れる)、フレッド・マクマレイ、エドワード・G・ロビンソン↑

フレッド・マクマレイ、バーバラ・スタンウィック(車のエンジンがかからない)↑

フレッド・マクマレイ、バーバラ・スタンウィック↑

バーバラ・スタンウィック、フレッド・マクマレイ↑

バイロン・バー、フレッド・マクマレイ↑