デヴィッド・ バトラー監督が1951年に撮った『ブロードウェイの子守唄(Lullaby of Broadway )』は、ドリス・デイの歌と踊りが愉しめるワーナーブラザーズ社製作のミュージカル映画です。

 

イギリスでエンターテイナーとして活躍するドリス・デイ(役名:ドリス・ディ・ハワード)は、ブロードウェイ歌手の母親グラディス・ジョージ(役名:ジェシカ・ハワード)をサプライズ訪問するためにイギリスからアメリカに向かう船に乗船しています。

ドリス・ディは母親が邸宅に住んでいると信じていますが、グラディス・ジョージはアルコール依存症により深夜営業のグリニッジ・ビレッジのクラブでしか歌うことが出来なくなっており、邸宅はドイツ系富豪のS.Z. サカール(役名:アドルフ・ハベル)と彼の妻フローレンス・べイツ(役名:アンナ・ハベル)の手に渡っています。 

S.Z. サカールの執事ビリー・デ・ウルフ(役名:レフティ・マック)と婚約者であるメイドのアン・トリオラ(役名:グロリア・デイビス)は、陽の当たらない芸人であり、グラディス・ジョージの友人としてグラディス・ジョージの手紙をドリス・ディに転送しています。

ビリー・デ・ウルフは、グラディス・ジョージがツアー中にS.Z. サカールに家を貸しているふりをし、がっかりしたドリス・ディがお金がないことを明かすと、一晩使用人の部屋の一つを彼女に提供します。

ビリー・デ・ウルフはニューヨークに来たドリス・ディに、母親は短期の不在であると伝えると共に、グラディス・ジョージに娘の到着を知らせます。

その際、彼はS.Z. サカールとフローレンス・べイツ夫妻が近く開催するブロードウェイ関係者の出席するパーティーにドリス・ディも出席するであろうことから、彼女も来るよう提案します。

 一方、S.Z. サカールはビリー・デ・ウルフの計らいでドリス・ディが家に居ることに気付きますが、ビリー・デ・ウルフの事情説明を理解します。

パーティーでドリス・ディは母親の到着を待ちますが、待っている間、客船に乗船して彼女に言い寄って来たジーン・ネルソン(役名:トム・ファーナム)がパーティーの客であることに気付きます。

パーティーで、ジーン・ネルソンは彼が主演する「ブロードウェイの子守唄」を歌い踊り、出席者達を愉しませます。

ブロードウェイの興行師はS.Z. サカールに彼の最新作への出資を持ち掛けますが、S.Z. サカールは拒否しています。

グラディス・ジョージは依存症の悪化によりパーティーに出席することが出来ないことから、ビリー・デ・ウルフはドリス・ディにグラディス・ジョージのショーが人気過ぎて抜け出せないでいると告げたことから、ドリス・ディは彼女を待ち続けます。

ドリス・ディを元気づけようとしたビリー・デ・ウルフは、S.Z. サカールに彼女をディナーに誘い、新スター候補として彼女を興行師に紹介することを提案します。

 興行師にドリス・ディを売り込むことに成功したS.Z. サカールは、彼女にご褒美として毛皮のコートをプレゼントすることにします。

 毛皮が家に届けられたのを見たアン・トリオラは、S.Z. サカールの意図がドリス・ディの理解を超えていることに懸念を覚えます。

そのことをアン・トリオラに仄めかされたドリス・ディは気を悪くしてしまい、毛皮を店に返すように言い渡すします。

 しかし、コートが返される直前にフローレンス・べイツが見つけてしまったことから、ドリス・ディとブロードウエイに出かける予定にしていたS.Z. サカールの目論見を台無しにしてしまいます。

その夜、ドリス・ディは毛皮を羽織ったフローレンス・べイツがS.Z. サカールと劇場に居る姿を見付け、その毛皮はもともと彼女の為にに作られたものだとジーン・ネルソンに率直に告げます。

彼女の発言をジーン・ネルソンが誤解したことで、2人は喧嘩してしまいます。

一方、退院したグラディス・ジョージは、今の自分の姿を知った時のドリス・ディの反応を畏れるあまり、再会を避け続けます。

やがて、毛皮に関する真実を知ったフローレンス・べイツは、S.Z. サカールに対する離婚訴訟の相手にドリス・ディを指名すます。

ショックを受けたドリス・ディをジーン・ネルソンは励まそうと、自身の想いを告白しますが、S.Z. サカールを父親として思っていない自分を許すと言った彼の発言にショックを受けます。

傷ついたドリス・デイに追い打ちをかけるように、雑誌記者が彼女に母親グラディス・ジョージの真実を告げます。

完全に打ちのめされたドリス・ディはイギリスに戻ることを決意し、ビリー・デ・ウルフに乗船チケット代金を貸してくれるように頼みます。

 

MGM作品に代表される1930年~50年代に盛んに製作されたミュージカル映画の愉しさに溢れたこの映画を観て思ったことは、当時世代を超えて人気があったと思われるドリス・デイのミュージカル作品が、後にエルヴィス・プレスリー作品によって確立されたとされる「アイドル・ミュージカル」(※)の萌芽を感じさせることです。

請われるままに飛び入りでステージや舞台に上がるドリス・デイのシーンに、限られた時間枠で歌う頻度を増やす脚本上の工夫として、似ている部分を感じるからかも知れません。

フレッド・アステアのダンス・スタイルを継承するジーン・ネルソンと、『ブロードウェイのバークレー夫妻』(監督:チャールズ・ウォルターズ 1949)のジンジャー・ロジャースを思わせる金色ドレスに身を包んだドリス・デイが繰り広げるダンスに、この映画が名ダンス・コンビへのオマージュ的な側面があるのではないかと感じます。

ドリス・デイが冒頭にトップ(シルク)・ハットで歌い踊る「ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス」(作曲:コール・ポーター)や、『イースター・パレード』(監督:チャールズ・ウォルターズ 1948)でフレッド・アステアが披露したスロー・モーション・ダンスを思わせる「I Love The Way You Say Goodnight」(作曲:ジョージ・ワイル)は、ミュージカル映画好きの自分にはその意味に於いても興味を覚えます。

この映画を観ていると、MGM作品とは全体に感じられるトーン(色調や雰囲気)が異なり、ラストがショーの大団円であることから、20世紀フォックス社製作の『ショウほど素敵な商売はない』(監督:ウォルター・ヤング 1954)に通じる肌触りを感じます。

個人的に興味を持ったこととしては、『レベッカ』(監督:アルフレッド・ヒッチコック 1940)でホッパー夫人を演じたフローレンス・べイツが、歌舞伎の「身替座禅」の奥方の様にS.Z. サカールを待ち受ける展開が怖ろしくも愉しいシーンとして印象に残ります。

スタンダード化した名曲「ブロードウェイの子守歌」(作曲:ハロルド・ウォーレン)とガラス・ドアを鏡に見立てて2人でタップを踏む「誰かが私を愛してる(Somebody Loves Me )」(作曲:ジョージ・ガーシュイン)も愉しい、ワーナー・ブラザース社のクラシック・ミュージカルとして好きな作品です。

 

(※)萩尾 瞳、小藤田 千栄子、中島 薫、村岡 裕司、山内 佳寿子「プロが選んだはじめてのミュージカル映画 萩尾瞳ベストセレクション50」近代映画社、2008年、pp96~97(’エルヴィス・プレスリーとアイドル・ミュージカル’)に、エルビス・プレスリー主演の『監獄ロック』(監督:リチャード・ソープ 1957)以降はスター歌手が活躍するアイドル・ミュージカルにシフトしたとの指摘があります。

 

PS:現在の姿を娘に知らせまいとして、偽りの手紙を書き続けた母親と娘が再会をする展開は、フランク・キャプラ監督の『ポケット一杯の幸福 』(1961) のプロットを思い起こします。

 

§『ブロードウェイの子守唄』

ドリス・デイ↑

アン・トリオラ、ドリス・デイ、ビリー・デ・ウルフ↑

グラディス・ジョージ↑

アン・トリオラ、ビリー・デ・ウルフ↑

ジーン・ネルソン↑

S.Z. サカール、フローレンス・べイツ、ジーン・ネルソン(S.Z. サカール演じる癖の強い科白回しのアドルフ・ハベルは、戦前のドイツ語圏に多く存在したファースト・ネームであることや、深夜大好きなビールを飲む時にミュンヘンのビアホール’Hofbräuhaus’の音楽が流れることからもドイツ移民の設定ではないかと考えます)↑

ドリス・デイ、ジーン・ネルソン↑

ドリス・デイ↑

ドリス・デイ、ジーン・ネルソン↑

ドリス・デイ、ジーン・ネルソン↑

ジーン・ネルソン、ドリス・デイ↑

ジーン・ネルソン、ドリス・デイ↑