クレア・キーガンの短編小説「フォスター」(2010)に基づいてコルム・バレード監督が2022年に撮った『コット、はじまりの夏(The Quiet Girl)』は、アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされ、コット役のキャサリン・クリンチが史上最年少の12歳でIFTA賞主演女優賞を受賞した映画になります(鑑賞館:ヒューマントラストシネマ有楽町 シアター1)。 

 

1981 年の夏、9歳のキャサリン・クリンチ(役名:コット)は、アイルランドの田舎で母親ケイト・ニク・チョナナイと父親マイケル・パトリックと多くの兄弟達と共に親の愛の薄い日々を過ごしています。

キャサリン・クリンチは、貧しさと内向きな性格から学校にも溶け込めません。

次の出産が近付いたことから、母ケイト・ニク・チョナナイ はキャサリン・クリンチを遠い従妹のキャリー・クロウリー(役名:キンセラ・シンシーラッハ)とその夫アンドリュー・ベネット(役名:ショーン・シンシーラッハ)の許に預ってもらうように頼みます。 

キャサリン・クリンチがキャリー・クロウリーの家に到着すると、キャリー・クロウリーは直ぐに彼女を迎え入れ、家事や農作業を教えます。

彼女はキャサリン・クリンチに敷地内の泉を見せながら、泉は深いので水を汲む際には注意するよう警告します。

キャリー・クロウリーはキャサリン・クリンチに亡くなった息子が使っていた部屋と息子のお下がりの服をあてがいますが、緊張したキャリー・クロウリーは最初の夜におねしょしてしまいます。

当初、キャサリン・クリンチと上手くコミュニケーション出来ないぶっきらぼうなアンドリュー・ベネットでしたが、次第に素直なキャサリン・クリンチとの間に静かな交流が芽生えます。

キャリー・クロウリーが不在の或る日、キャサリン・クリンチはアンドリュー・ベネットに同行して搾乳場に行きます。

アンドリュー・ベネットが搾乳場の掃除を終えると、そこに居たはずのキャサリン・クリンチの姿が見えません。

パニックに陥ったアンドリュー・ベネットは、必死に彼女を探します。

別の小屋に居た彼女を 見つけたアンドリュー・ベネットは、キャサリン・クリンチをきつく叱ります。

怯えてしまったキャサリン・クリンチの姿に反省したアンドリュー・ベネットは、彼女に数百メートル離れた郵便箱迄の往復走行タイムを計ることでコミュニケーションを取ろうとします。

或る日、近隣の通夜に出席しますが、イベントで落ち着かないキャサリン・クリンチを見た噂好きの隣人が、数時間彼女の面倒を見てくれると申し出ます。

キャリー・クロウリーはためらいながらも同意しますが、口さがない隣人は数年前にシンシーラッハ家の息子が溺死したことをキャサリン・クリンチに教えます。

その後、シンシーラハ一家がキャサリン・クリンチを隣人の家に迎えに行くと、キャサリン・クリンチの態度から彼女が何かを聞かされたことに気づきます。

滞在から1か月が経ち彼等の倖せな短い時間の終わりを告げる出産の報せが届くと、キャリー・クロウリーは、キャサリン・クリンチの仕事にしていた水汲みがまた自分の仕事になることが寂くなると漏らします。

牛の出産の手伝いで2人が居なくなった時、キャサリン・クリンチは水を汲むために井戸に出向きますが、急に水が入り込んだバケツに引き込まれて井戸に落ちてしまいます。

姿の見えないキャサリン・クリンチを必死に探していたキャリー・クロウリーは、ずぶ濡れで震えるキャサリン・クリンチの姿を見つけます。

 

この寡黙で静謐な映画を観て印象に残る事は、コルム・バレード監督の演出とキャサリン・クリンチの繊細さです。

それは、明るさの乏しい騒々しい生家(※)に対するシンシーラッハ家の柔らかい光と静寂、そして他愛のないトランプ・ゲームの会話に引き込まれるまで封印されたキャサリン・クリンチの笑顔等です。

あと、個人的にはシンシーラッハ家へ向かう車の後部座席から切り取られた風景を見つめるキャサリン・クリンチを観ていると、『千と千尋の神隠し』(監督:宮崎駿 2001)の冒頭シーンで描かれた様な少女の不安と寂しさを感じてしまいます。

その様なキャサリン・クリンチの心身が変容する契機と思われる、亡き息子との繋がりを感じさせる泉の水を飲むシーンには、柄杓に映りこむ映像の煌めきに象徴性を感じてしまいます。

観終わった後に個人的に何度も反芻するのは、意志疎通のぎこちないアンドリュー・ベネットとキャサリン・クリンチの滲み入るような交流です。

突如目の前から居なくなったキャサリン・クリンチを見付けた時のアンドリュー・ベネットの恫喝は、自分を心から心配していたことと共に息子の死が背景にあったことを知るキャサリン・クリンチの心の流れを経て、感動を呼ぶラスト・シーンに繋がっている様に思います。

あと、アンドリュー・ベネットがさりげなくビスケットを置いて去るシーンや、キャサリン・クリンチに服を買ってやる為に街に出かけると告げた彼の言葉を聞いたキャリー・クロウリーが手洗い所に籠って泣くシーンは、多くの観客の心の襞に入り込むのではないかと考えます。

海外で’クラシック’と評されたことも肯ける普遍性から、永くファンの心に残る作品であろうと考える、これからも観続けて行きたい映画です。

 

(※)口さがない隣人の家も子供達の喧嘩で喧(かまびす)しく描かれます。

 

§『コット、はじまりの夏(The Quiet Girl)』

'The Guardian'紙の評価が掲載↑

キャサリン・クリンチ↑

キャリー・クロウリー、キャサリン・クリンチ、アンドリュー・ベネット↑

キャリー・クロウリー、キャサリン・クリンチ↑