ジョー・コッカーの1970年の全米ツアーのドキュメンタリーを撮ったピエール・アディッジとロバート・アベルが脚本、製作、監督した『エルヴィス・オン・ツアー(Elvis on Tour )』(1973)は、1972年4月5日から15都市を巡ったコンサート・ツアーを記録した音楽ドキュメンタリー映画で、ゴールデン・グローブ賞の最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞しております。
この映画では、『ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間』(監督:マイケル・ウォルドレー 1970)の3分割画面編輯が認められたマーチン・スコセッシによるマルチ・スクリーン画面が、ステージや客席のみならず過去映像を複眼的に映し出します。
ピエール・アディッジとロバート・アベルは、『エルヴィス・オン・ステージ』(監督:デニス・サンダース 1970)でエルヴィス・プレスリーがカメラを意識していたことが、彼等のドキュメンタリー製作方針に反するとして、MGMとの契約時にカメラへの配慮を無くすことを条件にしたとのことです。
その代わり、MGMスタジオで収録されたインタビュー音声が効果的にインサートされることで、エルヴィス・プレスリーと銀幕前の観客との親和性が得られているのではないかと考えます。
そのことは、ラスヴェガスのインターナショナル・ホテルの長期公演と’ワン・ナイト・スタンド’の全米ツアーとの違い以上に、ドキュメンタリーとして本作と『エルヴィス・オン・ステージ』の違いになっている様に思います。
情報によると、1972年4月9日のバージニア州ハンプトン・コロシアム、ノースカロライナ州グリーンズボロ、フロリダ州ジャクソンビル、テキサス州サンアントニオ(含バック・ステージ・シーン)でテープデッキに接続された11台のカメラを使って60時間に及ぶ撮影が行われたとのことです。
1973年1月14日のハワイからの衛星中継を観てエルヴィス・プレスリーに心酔した自分は、第一次エルヴィス・プレスリー世代の母親と叔母と共にこの映画を1973年に室蘭のロードショー館で鑑賞しました。
その当時、サウンド・トラック盤扱いで発売されたマディソン・スクエア・ガーデンでのライブ盤「MGM映画エルヴィス・オン・ツアー主題曲集 エルヴィス・イン・ニューヨーク(Elvis as recorded at Madison Square Garden)」を擦り切れる程聴いて針飛び盤にしておりましたが、ツアー序盤の4日目に過電流で録音機材が損傷してしまったことで他会場のツアー・ライブ音源によるサントラ盤発売が出来なくなった事情によるものだそうです(※2)。
あと、この作品の映像は、16ミリのマルチ・カメラで撮影されたフィルムを35ミリに加工した映像を、光学プリンターを使って70ミリに拡大しているとのことです。
『エルヴィス・オン・ステージ』や本作を観る度に思うことは、エルヴィス・プレスリーの歌唱の素晴らしさと共にジェームズ・バートン(g)、ジェリー・シェフ(b)、ロニー・タット(ds)、ザ・スウィート・インスピレーションズ(cho)等の凄腕ミュージシャン達が脇を固めていることで(※2)、演奏に注目して鑑賞しても毎回新たな発見があることに欣びを感じます。
フランス映画『アマンダと僕』(監督:ミカエル・ハース 2018)で新たな家族の旅立ちを象徴するフレーズとして引用された、アンコールを待つ観客に帰宅を促す「エルヴィスはもうこの会場を去りました(Elvis has left the Building)」の会場アナウンスと、エンド・クロールに流れる「メモリーズ」に一抹の寂しさを感じるエルヴィス・プレスリーのコンサート・ドキュメンタリーとして愛して止まない作品です。
(※1)近年マディソン・スクエア・ガーデンの未発表音源が発売されましたが、エルヴィス・プレスリーのキャリアの中でも出色のパフォーマンスであったとの内部証言がなされているニューヨークのステージ録音を、高頻度のローテーションで愉しんでおります。
(※2)ジェームズ・バートン(g)、ジョン・ウィルキンソン(rys g)、ジェリー・シェフ(b)、ロニー・タット(ds)、ラリー・ムホベラック(p)、チャーリー・ホッジ(rys g&vo)、ザ・スウィート・インスピレーションズ(cho)、ザ・インペリアルズ(cho)、ザ・スタンプス(cho)、キャシー・ウェストモアランド(vo)、ジョー・ガルシオ・オーケストラ。
私見で恐縮ですが、リズム・ギター2本の厚いバッキングと、ジョン・エントウィッスルやクリス・スクワイアの様にメロディに絡むジェリー・シェフのベース(「ポーク・サラダ・アニー」でのベース・ソロ等)と手数の多いロニー・タットのドラム(「プラウド・メアリー」、「タイガーマン」等のフィル・イン)に乗って、ジェームズ・バートンの間の効いたソロやリフが冴えるリード・ギター(ロビー・ロバートソンの師)が支えるリズム・セクションは、カムバック期(インターナショナルホテル~)のエルヴィス・プレスリーの歌唱を強固にプッシュしていた様に思います。
PS:楽曲リスト
☆シー・シー・ライダー(See See Rider)
☆ポーク・サラダ・アニー(Polk Salad Annie)
☆別離の歌(Separate Ways)~録音風景
☆プラウド・メアリー(Proud Mary)
☆ネバー・ビーン・トゥ・スペイン(Never Been To Spain)
☆バーニング・ラブ(Burning Love)~カンニングペーパー付新曲披露
☆冷たくしないで(Don't Be Cruel)〈下記注〉
☆レディ・テディ(Ready Teddy)
☆ザッツ・オール・ライト(That's All Right)
☆主よ導き給え(Lead Me, Guide Me)
☆アブラハムのふところ(Bosom Of Abraham)
☆ラブ・ミー・テンダー(Love Me Tender)
☆別れの時まで(Until It's Time For You To Go)
☆サスピシャス・マインド(Suspicious Minds)
☆私はジョン(I John)
☆明日に架ける橋(Bridge Over Troubled Water)
☆ファニー・ハウ・タイム・スリップス・アウェイ(Funny How Time Slips Away)
☆アメリカの祈り(An American Trilogy)
☆ミステリー・トレイン(Mystery Train)
☆アイ・ゴット・ア・ウーマン(I Got a Woman)
☆恋の大穴(A Big Hunk O' Love)
☆ユー・ゲイブ・ミー・ア・マウンテン(You Gave Me A Mountain)
☆ローディ・ミス・クローディ(Lawdy Miss Clawdy)
☆好きにならずにはいられない(Can't Help Falling In Love)
☆メモリーズ(Memories)
〈注〉現在発売のブルー・レイ、DVD収録。
版権の都合でオリジナル映像の「ジョニー・B・グッド」と差替えられ、ステージ・オープナーの「ツァラトウストラはかく語りき」(リヒャルト・シュトラウス)も似た楽曲に差替えられております。
§『エルヴィス・オン・ツアー(Elvis on Tour )』
入り待ちでエルヴィス・プレスリーを撮ったポラロイド写真の画像に失望するファン↑
ゴスペルを歌うエルヴィス・プレスリー(左)↑
「MGM映画エルヴィス・オン・ツアー主題曲集 エルヴィス・イン・ニューヨーク」↑
1972年6月10日のマディソン・スクエア・ガーデンでのライブをイブニング・ショー(CD1)とアフタヌーン・ショー(CD2)として2012年にリリースされたセット↑
エルビス研究会「Guts Elvis ガッツ・エルビス」ホーチキ出版、1973年3月↑
「Guts Elvis ガッツ・エルビス」の糸居五郎の文章↑
「ザ・ギター・サウンド・オブ・ジェームス・バートン」(1971)↑