『赤い靴』(1948)のマイケル・パウエルとエメリック・プレスバーガーが1946年に執筆、監督、製作した『黒水仙(Black Narcissus)』は、西ベンガルのヒマラヤを舞台にしたルーマー・ゴッデンの小説を映像化した英国作品で、この映画でデボラ・カーはニューヨーク映画批評家協会賞の主演女優賞を受賞し、アカデミー賞とゴールデングローブ賞の撮影賞とアカデミー賞美術賞を受賞しております。

 

ラージプート王国の統治者である将軍エスモンド・ナイトは、ヒマラヤの霊峰カンチェンジュンガを望む崖上の荒廃した離宮'モプ宮殿'を尼僧院にすることで、尼僧達に現地の子供達の教育を託そうと考えます。

嘗て王のハーレムとして使われていたその場所では、何人かの僧侶が学校を開こうとしましたが、ことごとく失敗に終わっています。

将軍の代理人デヴィッド・ファーラー(役名:ディーン)は、4人の尼僧にこれから直面する社会的および環境的困難を吹き込みます。

責任者に任命されたデボラ・カー(役名:シスター・クローダー)と修道女達は、ダージリンから徒歩と馬で長く険しい山道を超えて宮殿に到着します。

尼僧達は夫々ジュディス・ファース(役名:シスター・ブライオニー)が保健室担当、レニー・レアード(役名:シスター・’ハニー’ブランシュ)がレース教室、フローラ・ロブソン(役名:シスター・フィリッパ)が菜園係、そしてキャスリーン・バイロン(役名:シスター・ルース)が子供学校の教師として赴任します。

その様な彼女達を見つめるデヴィッド・ファーラーは、モンスーンが始まる迄しかここには居られないだろうと言い放ちます。

修道院設立に際し、彼女達は地元のヒンズー教徒との間に生じた困難に直面し、宮殿管理人メイ・ホーラット(役名:アング・アヤ)としばしば衝突します。

尼僧達は、デヴィッド・ファーラーが連れて来た地元の少女ジーン・シモンズ(役名:カンチ)を引き取ることで、粗野で奔放な彼女の制御を試みます。

その後、英国旅行前に西洋文化の教えを乞いに来た将軍の後継者サブーも、特例として子供達とは別扱いの生徒に加えます。

メイ・ホーラットは盗みを働いたとしてジーン・シモンズを鞭で打ちますが、サブーは彼女の折檻を止めさせます。

やがて、彼はジーン・シモンズと恋に落ち、デヴィッド・ファーラーが王様とメイドの故事に喩えた様な状況に陥ってしまいます。

尼僧達はそれぞれ、環境によって引き起こされる健康不良や感情的な問題を経験し始め、フローラ・ロブソンは野菜園に花を植え始ます。

感情が不安定になってきたキャスリーン・バイロンは、デヴィッド・ファーラーに執着するようになり、デボラ・カーへの嫉妬心から彼女の指示に抗い始めます。

土地の人々と接するうちに、デボラ・カーの心に修道生活へのきっかけとなった過去の恋愛が頻繁に思い浮かびます。

ジェニー・レアードは、手遅れと思しき乳幼児にひまし油を与えますが、悲惨な結末を迎えてしまったことから、土地の人々のあらぬ流言が流れてしまいます。

或る夜、デボラ・カーは不安定になったキャスリーン・バイロンが、デヴィッド・ファーラーを誘惑する為にドレスに身を纏っている姿を目にします。

デヴィッド・ファーラーがキャスリーン・バイロンの告白を受け流すと、精神的に衰弱したキャスリーン・バイロンは、デボラ・カーへの意趣を抱きながら任務に戻ります。

暫く経った或る日、崖の端に設置された礼拝の鐘を鳴らして入るデボラ・カーに、キャスリーン・バイロンが静かに近寄ります。

 

『赤い靴』と共に影響受けた作品としてマーチン・スコセッシ監督が語る本作は、斬新な映像と特撮技術も相俟って78年前の作品とは思えない尖鋭さに目を見張る映画ではないかと考えます。

あと、『アナと雪の女王』(監督:クリス・バック&ジェニファー・リー 2013)のモデルとなったとされる崖上の宮殿映像とヒマラヤの映像は、実写とセット撮影が不分明で、撮影の殆どがセットや特撮であったとは信じ難いリアルさに驚かされます。

尼僧達は、山麓で瞑想する聖人(将軍の叔父)が見守る嘗てハーレムだったヒマラヤの天空の宮殿で、過酷な自然と異文化に触れることで表れた、過去の記憶や自身の内なる世俗と対峙することになります。

デボラ・カーは本作で注目されたことでハリウッド作品の出演に繋がったとされておりますが、嫉妬に駆られたシスター・ルースを演じるキャスリーン・バイロンの鬼気迫る存在感は、暫くの間鑑賞者の脳裏から離れないのではないかと想像します。

あと、『野郎どもと女たち』(監督:ジョーゼフ・E・マンキーウィッツ 1955)でマーロン・ブランドと恋に落ちる救世軍のシスターを演じた当時18歳のジーン・シモンズが、王子を恋路に誘うインド女性を演じており、世慣れた俗人風に登場しながら芯のある人物を演じるデヴィット・ファーラーと共に、この映画に立体感を与えている様に思います。

表題の『黒水仙』は、ジーン・シモンズを惹き寄せた王子サブ―が英国から取り寄せた香水として映画に登場しますが、花そのものに関しては物事の多面性を意味するとのことです。

マイケル・パウエルとエメリック・プレスバーガー監督の、人間の聖俗を天空の宮殿を舞台に複層的に描いたミステリー・タッチの映像作家作品として、これからも観続けて行きたい映画です。

 

§『黒水仙(Black Narcissus)』

 

デボラ・カー↑

デボラ・カー、キャスリーン・バイロン、デヴィッド・ファーラー↑

キャスリーン・バイロン↑

ジーン・シモンズ↑

ジーン・シモンズ、サブ―↑

投薬を主張するジェニー・レアード、メイ・ホーラット↑

キャスリーン・バイロン、デボラ・カー、デヴィッド・ファーラー↑

キャスリーン・バイロン↑

キャスリーン・バイロン、デボラ・カー↑

デボラ・カー(背景に霊峰カンチェンジュンガ)↑

デボラ・カー↑

キャスリーン・バイロン↑

キャスリーン・バイロン、デボラ・カー↑