イングマール・ベルイマン監督が1953年に脚本を書いて監督した『道化師の夜(Gycklarnas afton)』は、2012 年にスウェーデンの映画雑誌'FLM'でスウェーデン映画史上最高の25作品の 1 つに選ばれております(※) 。

 

サーカス団の座長、オーケ・グルンベルイ(役名:アルベルト・ヨハンソン)は、逼迫する経営状況と複雑な人間関係を抱えながら曲馬師の愛人ハリエット・アンデルソン(役名:アンナ)と巡業を続けています。

或る日、サーカス団はオーケ・グルンベルイの妻アニカ・トレトウ(役名:アグダ)が暮らす街に到着します。

衣装を失った団員の為にオーケ・グルンベルイは、ハリエット・アンデルソンを連れて同地で巡業中の劇団に衣装を借りに行きます。

劇団長は2人に厳しい言葉を浴びせますが、結果的に衣装を貸し与えます。

その時、ハリエット・アンデルソンを見初めた劇団員のハッセ・エクマン(役名:フランス)は彼女を誘惑しようとします。

ハリエット・アンデルソンは妻子の許に向かうオーケ・グルンベルイに、自分を棄てない様に懇願しますが、オーケ・グルンベルイの家族の許に戻る決意は揺るぎません。

家族の許に帰ったオーケ・グルンベルイに不安と憤りを感じたハリエット・アンデルソンは、ハッセ・エクマンの楽屋に入ります。

ハッセ・エクマンの執拗な誘惑に抗いながらも、遂には偽の宝飾品の誘惑に負けてしまいます。

一方、オーケ・グルンベイは、サーカスの生活に訣別した妻のアニカ・トレトウ(役名:アドガ)が、商売の成功により定住の倖せを得ている様を目の当たりにします。 

アニカ・トレトウに思いの外優しくされたオーケ・グルンベイは、サーカスを辞めて家に戻ることを切り出しますが、虫の良い彼の提案は一蹴されてしまいます。

髪の乱れたハリエット・アンデルソンがハッセ・エクマンの楽屋の方角から現れ、宝石店に入ったのを見たオーケ・グルンベルイは、彼女を問い詰め真実を知ります。

サーカスに現れたハッセ・エクマンは、上演中のオーケ・グルンベルイとハリエット・アンデルソンを客席からからかいます。

憤ったオーケ・グルンベルイは、観客の前でハッセ・エクマンと闘います。

 

本作は前年製作の『地上最大のショウ』(監督:セシル・B・デミル 1952)や翌年製作のフェデリコ・フェリーニ監督の『道』(1954)同様、サーカスや大道芸で移動する人々の愛憎入り混じる人間模様を描いた作品になります。

撮影は『処女の泉』(1960)、『沈黙』(1963)、『仮面/ペルソナ』(1966)等のイングマール・ベルイマンの代表作を撮ったスヴェン・ニクヴィストで、光と鏡が印象的な映像がイングマール・ベルイマン監督の独自の芸術世界を演出します。

印象的な映像演出の中でも、連なった馬車が川面に映る冒頭やイングマール・ベルイマン監督作品の特色とも言える角度を持って鏡に映る人物との会話シーン、木洩れ日のシーン等は強く印象に残ります。

役者であるハッセ・エクマンが演じる人物や、彼の手にする偽造真珠のアクセサリーに惹かれるハリエット・アンデルソンのシーンの後に、外套で隠した袖無しシャツのボタンを妻につけてもらうオーケ・グルンベルイのシーンが映し出されます。

サーカスや芝居小屋のバック・ステージが映し出されたこの映画を観ていると、演舞場や舞台で仮装や化粧をした団員達と、定住の倖せを選んだ妻に棄てられ愛人に裏切られるオーケ・グルンベルイの姿は、心身打ちのめされた彼に寄り添う浮薄なハリエット・アンデルソンと共に、人間の表裏と虚実を描こうとしたイングマール・ベルイマン監督の目線と意図が感じられる気がします。

『不良少女モニカ』(1955)や『叫びとささやき』(1973)等で存在感ある役を演じたハリエット・アンデルソンが、2人の男性との禁断の恋と嫉妬に揺れる難役を演じているイングマール・ベルイマン監督の初期の逸品として、これからも観続けて行きたい映画です。

 

(※)2007年創刊のスウェーデンの映画雑誌'FLM'の「De 25 bästa svenska filmerna genom tiderna」(2012)

 

§『道化師の夜』

 

 

『羅生門』(監督:黒澤明 1950)で宮川一夫のカメラが撮った木洩れ日を思わせるスヴェン・ニクヴィストのカメラによる映像↑

ハリエット・アンデルソン、オーケ・グルンベルイ↑

グドルン・ブロスト((役名:アルマ)、アンデルス・エック(役名:フロスト)↑

オーケ・グルンベルイ、ハリエット・アンデルソン↑

アニカ・トレトウ(役名:アドガ)、オーケ・グルンベルイ↑

鏡に映ったハッセ・エクマンと会話するハリエット・アンデルソン(中央手前に偽造真珠のアクセサリーがぼんやりと映っている)↑

ハリエット・アンデルソン↑

右手前のオーケ・グルンベルイが割れた鏡に映る↑