『過去のない男』(2002)、『希望のかなた』(2017)のアキ・カウリスマキ監督が1990年に撮った『マッチ工場の少女(Tulitikkutehtaan tyttö)』は、ベルリン国際映画祭インターフィルム賞を受賞した作品で、『パラダイスの夕暮れ』(1986)、『真夜中の虹』(1988)と共に同監督の労働者3部作とされる作品です。

 

ヘルシンキのマッチ工場で働く カティ・オウティネン(役名:イリス)は、母親のエリナ・サロと継父のエスコ・ニッカリと暮らしています。

家事をする気も働く気もない両親は カティ・オウティネンの給料をあてにしておりながら、娘に自由な買い物もさせずに、娘が調理したスープ皿から肉を奪って食べたりしています。

町内会のダンス・パーティに行っても、地味なカティ・オウティネンは誰からも誘われずに、椅子の下に置いたジュースの空瓶だけが増えて行きます。

或る給料日、カティ・オウティネンはショー・ウィンドーで見かけた派手なドレスを衝動買いします。

給与明細と給与袋の現金が合わないことを怪しんだ両親は、ドレスを返品する様に言い渡しますが、構わずドレスに着替えたカティ・オウティネンはディスコに入店します。

そこで彼女は一流企業に勤めるヴェサ・ヴィエリッコ(役名:アールネ)に声を掛けられ、豪華な彼のアパートで一夜を共にします。

ヴェサ・ヴィエリッコが会社に出勤した後、カティ・オウティネンは目覚め、会社の電話番号を書いた置手紙を書いて部屋を後にします。

待てど暮らせど連絡の来ない状況を業を煮やしたカティ・オウティネンがヴェサ・ヴィエリッコを訪ねると、彼は彼女の家に行くことを約束します。

カティ・オウティネンの家に来たヴェサ・ヴィエリッコは、余所行きの服を着た両親に砂糖付揚げパンとコーヒーでもてなされますが、カティ・オウティネンの暮し振りを見たヴェサ・ヴィエリッコは、レストランで食事中の彼女に冷たい言葉を浴びせます。

妊娠していることを知った失意のカティ・オウティネンは、自分を愛していなくても子供は愛して欲しいとのメッセージを綴った手紙をヴェサ・ヴィエリッコに書きますが、暫くすると堕胎費用の小切手が同封された彼からの手紙が届きます。

放心したカティ・オウティネンは車にはねられ流産します。

病院に来た義父・エスコ・ニッカリは、彼女の妊娠のショックにより母・エリナ・サロはもうカティ・オウティネンとは暮らせなくなったと言い、退院しても彼女に家には戻らないで欲しいと言い渡します。

退院してシル・セッパラ(役名:兄)の所へ身を寄せたカティ・オウティネンは、薬局で強力な殺鼠剤を購入します。

 

科白よりも映像に情報量の多いアキ・カウリスマキ監督の映画を観ていると、彼が影響を受けたとされる小津安二郎監督作品に通じるアジア的な映像表現を連想します。

この映画のプロットを読むと、終盤にカティ・オウティネンの意趣返しに至る展開から、ハードなサスペンス作品の印象を抱くのではないかと想像します。

しかしながら、科白の無い20分間に及ぶ冒頭部で始まり、喜怒哀楽が抑えられた寡黙な登場人物達が紡ぐこの映画を観ていると、自分は、通常イメージするサスペンス、ホラー的な作品とは異なる肌触りを感じるのではないかと考えます。

意趣返しの場面に関しては、相手が服毒するまたは服毒するであろう予兆の後に、ブラックアウトや場面転換が成されることで、それらのシーンは寡黙なトーンの流れの中に収められております。

あと、この作品を観て印象に残ることは、冒頭から中国の民主化に関するニュース映像が、映画のストーリーとは関係無く複数回登場することです。

そのことにより、地中深く蓄積され続けた鬱屈した感情が、爆発を伴ってマグマ溜りから地上に噴出したかの様なカティ・オウティネンの行動に対して、観客にクレショフ効果(※)的な映像表現を感じさせるのかも知れません。

『過去のない男』や『希望のかなた』にも思うことですが、アキ・カウリスマキ監督の映像作品を観ていると、自分はジャック・タチ監督の作品を思わせる筆さばき(作風)を感じます。

それは、巧みに編輯された映像と俳優が生み出す「間」ではないかと考えますが、『過去のない男』や『希望のかなた』等では独特のユーモアに、そして本作では都度発散しない(出来ない)感情の蓄積に繋がっているのではないかと考えます。

独自の作風を持つアキ・カウリスマキ監督の映像芸術作品として、これからも観続けて行きたい映画です。

 

(※)無関係の画像や映像を連続して観ることにより物事を関連付けて考える心理作用

 

§『マッチ工場の少女』

マッチ工場で働く カティ・オウティネン↑

カティ・オウティネン、エリナ・サロ↑

カティ・オウティネンとジューク・ボックス↑

ダンス・パーティ会場のカティ・オウティネン(中央)↑

ヴェサ・ヴィエリッコ、カティ・オウティネン↑

エスコ・ニッカリ、ヴェサ・ヴィエリッコ、エリナ・サロ↑

カティ・オウティネン、ヴェサ・ヴィエリッコ↑

 ジューク・ボックスとカティ・オウティネン↑