コロナ禍で休業中の2022年のパリ・オペラ座バレエ団の全面的な協力を得てセドリック・クラピッシュ監督が撮った『ダンサー イン Paris(En corps)』を、ヒューマントラストシネマ有楽町で観ました。

 

マリオン・バルボー(役名:エリーズ・ゴーチエ)は、パリ・オペラ座バレエでエトワールを目指していましたが、「ラ・バヤデール」でニキヤ役を演じている最中に恋人の裏切りを目撃したことから、ジャンプの着地に失敗して過去に痛めていた右足首を剥離骨折してしまいます。

医師から2年間のダンス禁止と今後踊れなくなる可能性を告げられたマリオン・バルボーは、失意の日々を過ごします。

これまで、亡き母と共にバレエに打ち込んできた彼女は、ダンス以外の人生も考えなければならない状況に置かれます。

マリオン・バルボーは、10代でバレエを諦めた女優志望の友人スエリア・ヤクーブ(役名:サブリナ)に会いに行き、当時の彼女の心境を尋ねます。

スエリア・ヤクーブは意気消沈しているマリオン・バルボーに、彼女の恋人で出張料理人のピオ・マルマイ(役名:ロイック)のアシスタントとして一緒に働かないかと誘います。

キッチン・カーを牽引した車に乗り込んでブリュターニュへと旅立った3人は、雇い主でアーティストたちへ練習場を提供するミュリエル・ロバン(役名:ジョジアーヌ)の屋敷に到着します。

マリオン・バルボーは、屋敷に横付けしたキッチン・カーで調理するピオ・マルマイの料理助手としてスエリア・ヤクーブと共に働きます。

弦楽合奏団のリハーサルの後、コンテンポラリー・ダンスの旗手ホフェッシュ・シェクター(役名:ホフェッシュ)がダンス・リーダーを務めるダンス・カンパニーが屋敷に現れます。

ダンス・カンパニーに所属するメディ・バキ(役名:メディ)のストリート・ダンスをパリの路上で見かけていたマリオン・バルボーでしたが、目の前で繰り広げられる、想像を超える彼等の創造的で斬新な群舞に彼女は惹き付けられます。

次第に足首が恢復しつつあるマリオン・バルボーに、ミュリエル・ロバンは一人で個人練習をしているダンサーの相手役になってあげる様に仕向けます。

足の痛みが気になるマリオン・バルボーでしたが、ホフェッシュ・シェクターの誘いで練習に加わった彼女は、コンテンポラリー・ダンスの素晴らしさに触れ、次第に自信を取り戻し始めます。

正式な団員になったマリオン・バルボーがパリ公演に向けてリハーサル中、バレエ・ダンサーになることに反対していた父親のドゥ二・ポダりテス(役名:アンリ・ゴーチエ)が友人達を伴ってパリに来るとの連絡を受けます。

ミュリエル・ロバンから過去の軛(くびき)を逃れる様言われていた言葉が響いたマリオン・バルボーは、意を決してドゥ二・ポダリテスをレッスン場に招待します。

 

パリ・オペラ座の現役プルミエール・ダンサーであるマリオン・バルボーを主役に据えた本作は、冒頭15分の無言のバレエ・シーンで始まります。

恋人に裏切られる「ラ・バヤデール」のニキア役を演じるマリオン・バルボーが、足を負傷する迄の舞台裏が、俯瞰、舞台袖、幕越しの覗き穴、アップ等のカメラ・ワークを駆使して映し出されます。

セドリック・クラピッシュ監督は、パリ・オペラ座からの依頼で定期的にステージを撮影していたとのことですが、バレエを客席からしか観たことのない自分の様な一般客には、冒頭の映像の臨場感と美しさは新鮮この上ない映像体験でした。

そして、コロナ禍のパリの夜とブルターニュの海岸風景(風に舞うダンサー達、日の出と夕暮れの情景)、調理シーンの食材の美しさにも引き込まれました。

中盤、コンテンポラリー・ダンスの練習風景と料理シーンが交互に映し出される場面は、冒頭のクラシック・バレエ映像と共に、コンテンポラリー・ダンスと料理を芸術的に映像作品に組み込んだ演出として感銘を覚えました。

映画の中でマリオン・バルボーが語る「クラシック・バレエは大地から離れようとすることで天や宙を舞うことを目指すけれど、コンテンポラリー・ダンスは重心を下げて大地を感じる踊りである」は、幼い頃からバレエ団のプリンシパルを目指して来た彼女の目線が、多角的(水平的)なものに変化したことを言い表している様な気がしました。

その様な変化の兆しをマリオン・バルボーの瞳に見たミュリエル・ロバンは、才能と運に恵まれ「順調」な人生を歩んで来た人間は、「順調」なことが万人には与えられない「運」に支えられていたことに気付くべきであると諭します。

コンテンポラリー・ダンスを通じて、マリオン・バルボーが家族の愛による献身的な支えが、これまでの人生にとって如何に大切であったかを知ることにより、父親への蟠(わだかま)りが氷解して行く展開には心が揺さ振られます。

ラストに夜のパリの街を踊りながら闊歩するマリオン・バルボーの目に現れる、「ラ・バヤデール」の群舞(コール・ド・バレエ)の幻想シーンが観終わった後も脳裏に反芻する映像芸術としてこれからも観続けたい作品です。

 

§『ダンサー イン Paris(En corps)』

 

ミュリエル・ロバン、マリオン・バルボー↑

マリオン・バルボー(手前)↑

 

§「ラ・バヤデール」(新国立劇場バレエ団)

2019年3月2日鑑賞〈小野絢子(ニキヤ)、福岡雄大(ソロル)、米沢唯(ガムザッティ)〉↑