『有頂天時代』(1936)、『踊る騎士』(1937)、『陽のあたる場所』(1951)、『シェーン』(1953)、『ジャイアンツ』(1956)を撮ったジョージ・スティーヴンス監督が、1959年に製作・監督した『アンネの日記(The Diary of Anne Frank)』は、トニー賞(演劇作品賞)とピューリッツァー賞(戯曲部門)を受賞したフランセス・グッドリッチとアルバート・ハケットの戯曲を映像化した作品です。

 

終戦を迎えた1945年のアムステルダム。

強制収容所から戻ったジョゼフ・シルドクラウト(役名:オットー・フランク)は、かつて匿われていた屋根裏部屋に入り、1942年7月9日から始まる次女ミリー・パーキンス(役名:アンネ・フランク)が書き綴った日記を手にします。

1942年、ナチス政権によるユダヤ教徒の迫害から逃れるため、ジョゼフ・シルドクラウトの家族、母のグスティ・ユーベル(役名:エディス・フランク)、姉のダイアン・ベイカー(役名:マルゴット・フランク)、ミリー・パーキンスは、3人から成るファン・ダーン一家、ルー・ジャコビ(役名:Mr.ファン・ダーン)、シェリー・ウィンタース(役名:Ms.ファン・ダーン)、息子のリチャード・ベイマ―(役名:ペーター・ファン・ダーン)と、歯科医のエド・ウィン(役名:デュッセル)と共に、家主のドディ・ヒース(役名:ミープ)とダグラス・スペンサー(役名:クラ―レル)の命を賭した庇護の許、香辛料工場の屋根裏部屋に隠れます。

或る夜、エド・ウィンからナチス党員によるユダヤ教徒殺害の話を聞かされたミリー・パーキンスは、悪夢にうなされ悲鳴を上げます。

12月のユダヤ教のハヌカ祭(※1)の夜、ミリー・パーキンスは、密かに用意していたささやかなプレゼントを皆に配ります。

その時、階下に入った泥棒の音に皆は震えあがり、エド・ウィンはリチャード・ベイマーに対し、彼が音を立てたことや猫を飼っていることを責めます。

思春期のミリー・パーキンスは母親のエディス・フランクやエド・ウィンと衝突したり、皆のパンを食べようとしたルー・ジャコビをエディス・フランクが厳しく咎めたりする日々の中、ミリー・パーキンスとリチャード・ベイマ―は次第に愛し合うようになり、将来について語り合います。

そんな或る日、階下の倉庫番が、屋根裏部屋入口が塞がっている件で階下のダグラス・スペンサーを脅迫したことを聞かされます。

1944年8月4日朝。警察の車がサイレンの音と共に彼等の隠れ家の前に停車します。

屋根裏部屋に居たミリー・パーキンスとリチャード・ベイマ―は、永遠の別れを覚悟したキスをして、隠し扉を見つめる皆が居る大部屋に向かいます。

 

1988年の新年に、この映画に登場するアンネ・フランク・ハウスを訪問しましたが、その44年前に8人が暮らしていた屋根裏部屋に入った時に感じた居住空間の狭さと彼等の耐乏生活を想像し、言い知れぬ感情に襲われたことを思い出します(※2)。

製作者でもあるジョージ・スティーヴンス監督は、第2次世界大戦従軍時にミュンヘン郊外のダッハウ強制収容所(※3)の開放任務に従事していたとのことですが、彼の従軍体験がこの映画を創る動機となったのではないかと推察します。

この映画では、現在に至るまで所説存在する通報者を、或る仮説に基づいて特定しております。

それにより、夜盗の侵入が彼等の発見に繋がった経緯として下線付きで描かれておりますが、2度登場する夜盗と夜警の侵入シーンは、暗闇の沈黙を強いられる8人の心臓の鼓動が聞こえるかの様な極限状態の緊張を感じます。

この映画に於ける闇に浮かぶ逆光のシルエットを多用した映像は、8人の過酷な生活と精神状態を浮かび上がらせる効果を演出していると思います。

その様な日々の中、窓から差し込む陽光や星や月の光、そして雪や鐘の音や鳥の声に彩られた屋根裏部屋で、ミリー・パーキンス演じるアンネ・フランクと、『ウエスト・サイド物語』(監督:ジェローム・ロビンス、ロバート・ワイズ 1961)でトニーを演じたリチャード・ベイマ―演じるペーター・ファン・ダーンによる恋愛が描かれます。

それらの淡さと儚さが漂う映像を目にした観客は、2人の心に灯った青春の焔に、短くも存在した倖せとその永遠性に思いを馳せるのではないかと考えます(※4)。

映画の中でアンネ・フランクの遺した言葉をミリー・パーキンスが語る;

「書き残して、死んだ後も生き続けたいのです。」 、

「いつか、すぐではなくても、いつか必ず、こんな世の中だけど私は信じている。人間は本質的に善だと。」(※5)

が心の中に響き続ける、これからも観続けて行きたい映画です。 

 

(※1)ユダヤ教徒がエルサレムの神殿を奪還して奉献したことを祝う祭り。

 

(※2)本文章を書くにあたり久し振りに小川洋子の「アンネ・フランクの記憶」(角川文庫、平成10年)を読みました。

 

(※3)「München Hbf(ミュンヘン中央駅)」よりS-Bahnで9駅目(約20分)の「Dachau Bahnhof」が最寄り駅(収容所施設見学可)。

 

(※4)BGMが抑えられた作品の中で、屋根裏窓の2人のシーンには美しい旋律が奏でられます。

 

(※5)仲村渠和香子の字幕に依る。

 

PS:Ms.ファン・ダーンを演じるシェリー・ウィンタースは、個人的に愛好する作品『陽のあたる場所』や『狩人の夜』(監督:チャールズ・ロートン 1955)で重要な役を演じておりますことから、その意味でもこの映画に思い入れがあります。

 

§『アンネの日記』

ミリー・パーキンス、ジョゼフ・シルドクラウト↑

ミリー・パーキンス、ジョゼフ・シルドクラウト、リチャード・ベイマ―、グスティ・ユーベル、ダイアン・ベイカー、シェリー・ウィンタース↑

リチャード・ベイマ―、シェリー・ウィンタース、ジョゼフ・シルドクラウト、ダグラス・スペンサー、エド・ウィン、グスティ・ユーベル、ルー・ジャコビ↑

シェリー・ウィンタース(左)↑

ジョゼフ・シルドクラウト、グスティ・ユーベル、ルー・ジャコビ、ミリー・パーキンス、シェリー・ウィンタース、リチャード・ベイマ―、ダイアン・ベイカー↑

同上(空襲防衛のサーチライトとハヌカ祭のキャンドルが多重露光される)↑

同上(サーチライトがキャンドルの放射状の光へと変わる)↑

ミリー・パーキンス、リチャード・ベイマ―↑

リチャード・ベイマ―、ミリー・パーキンス↑

ミリー・パーキンス、ダイアン・ベイカー↑

リチャード・ベイマ―、ミリー・パーキンス↑

ミリー・パーキンス、リチャード・ベイマ―↑

ドディ・ヒース、ジョゼフ・シルドクラウト、ダグラス・スペンサー↑